「元気そうじゃない。こっちは、急に辞められて大変だったのに」

 確かに、詩乃が辞めたあとは大変だっただろう。

 営業部トップのエースがいなくなったのだ。

 どんなに丁寧に引き継ぎをしても、詩乃の穴は簡単には埋められない。

「おかげで、今は私が文句なしのエースだけどね」

 彼女はハイブランドのバッグを、詩乃の鼻先に掠めかねないようなわざとらしさで見せびらかした。

 コートも、ヒールも、ピアスも、コテコテに塗ったコスメも、ハイブランドのアイテムなのだろう。

 営業だったときから、詩乃はこれといったブランド物を身につけなかった。

 それでも、売上は彼女より遥かに良かったのだ。

 それもまた、先輩の神経を逆撫でしていた。

「ま、せいぜい頑張りなさいよ。どうせどこに行ったって、顔がいいからチヤホヤされるんでしょ」

 先輩が、鼻息荒く捨て台詞を吐いて去って行く。

 あとに残された詩乃は、ぼんやりと過去の記憶に飲み込まれていた。