詩乃が配属されたのは、総務部だ。仕事内容は、事務処理が中心。

 他には社員が使う備品などの手配、採用や研修など。

 掃除や営業部への差し入れなど、細々した業務も行う。

 決して花形部署ではないが、総務部がなければ会社は回らない。

 いわば、縁の下の力持ちだ。

「疲れてない? 休み休みやっていいのよ」

 隣のデスクの女性……宮木 沙耶(みやぎ さや)は、気遣わしげに言った。

「ありがとうございます。大丈夫ですよ」

 気遣いにほっとして、詩乃は自然と顔がほころんだ。

「前の職場は、激務だったんですってね。ここでは、無理なく働けるように気をつけるわ」

「本当に助かります。営業は好きでしたけど、なにしろ大変で」

 詩乃は、少しオフィスチェアを引いて、静かに深呼吸をした。

 感じの良い職場だが、新しい環境なのには変わりない。無意識に、肩に力が入っていた。

 ここに来る前は、IT企業の営業部でトップセールスだった。いわゆるエースだ。

 自社で開発したシステムを、大手企業を相手に売り込むのが詩乃の仕事だった。

 高額な契約は、口先の話術だけでは取れない。相手が望むサービスを提供し、地道に信頼を築き上げる。

 詩乃にとっては、天職だった。

「そうそう。営業部にいたのよね。やり手だったんでしょ?」

「いえいえそんな。たまたま、運が良くて成績に結びついただけで……」

 詩乃が、照れたようにへにゃりと笑う。

 栗色の艶やかな長い髪、ぱっちりした目、清楚な装い。それになにより、くるくると変わる豊かな表情。

 女性の沙耶から見ても、つくづく可愛らしい女性だと感じた。

「大変だったって聞いてるわ。営業部のナンバーワンだなんて、さぞプレッシャーだったでしょう」

「そうなんです。朝から夜中まで働き詰めで。あんまり忙しいので、思い切って転職しちゃいました」

 詩乃が、からりと笑って言う。

 前職のことを考えると、苦い思いが湧いてきそうになる。

 詩乃は、余計なことを思い出さないよう、気持ちを切り替えた。