「詩乃さん。なにもされていませんか?」

 詩乃に話しかける声のトーンが、一気に暖かく甘くなる。

 色気があるというよりは、体調を気遣うような、限りなく優しい声。

「うん、大丈夫。大丈夫だよ、明人くん」

 すたこら逃げていくナンパ男の姿が見えなくなったのを確認して、詩乃は思わず笑い出した。

「どうしましたか?」

「だって、初めて会ったときと同じ……」

 明人は一瞬考え込むような素振りを見せてから、思い出したようにふふっと笑った。

 今は、本当の恋人同士だ。そして、これからも詩乃を守り続けるのだ。

 ひとしきり笑ってから、ひょいと明人の手を取った。

 甘えるように指を絡めて、ふたりで帰路につく。

 春の迫る夜は、思ったよりも暖かい。それはきっと、繋いだ手の温もりのせいだろう。