走って来たのだろう。明人は軽く息が乱れていた。
細縁の眼鏡越しにいつも静かな光を宿している瞳が、今は潤んだような熱が迸っている。
「返事がないので、気になって」
気遣うような、心配するような声。
「どうして、返事をくれなかったんです?」
明人の言い方は、決して責める風ではない。
いつも詩乃は、明人からの連絡にすぐに返信していた。
特に仕事が終わった直後は、必ずと言っていいほど即時に返信するのがいつもの詩乃だった。
この時間に連絡を取り合って、急遽集まることも多かったのだから、自然とこの時間帯の連絡はマメになっていた。
「……とりあえず、上がって。寒いでしょ?」
問いには答えず、詩乃は彼を招き入れた。
いったい、どんな顔をして話せばいいのだろう。
どうして、返事をしなかったのか。
理由なんてない。もう、この関係が終わってしまうのが、あまりにも怖かった。
「あ……ちょうど、お茶淹れようと思ってたんだ」
明人に背を向けたまま、キッチンに向かおうとする。
「待って」
その細い腕を、明人はしっかと掴んだ。
「伝えたいことが」
