「……明人、くん」

 指先が冷える。茶葉の缶を置いて、キッチンの床にうずくまった。

 お湯が沸く音がする。が、詩乃は気づかない。

「明人くん……」

 ぽろぽろと、大粒の涙が次から次へと溢れてくる。

 ——明人くん。明人くん。わたしの好きなひと。初めて、深く好きになったひと。

 名前を呼んでも、あの柔らかい声で返事をしてくれるひとはここにいない。

 食器棚のいちばん良い場所には、ふたりの食器が飾るように仕舞われているのに。

 クリスマスに貰った茶碗たちと、旅先で買った箸置き。

 増えた食器、揃った調理器具、二つの座椅子、手入れされたキッチン。

 この部屋には、明人と過ごした時間が沁みつきすぎていた。

「大好き……」

 肩が震える。嗚咽が溢れる。

 凍てついた床に、涙がぽたぽたと落ちた。