「いや……新しく買った方がいいに決まってるじゃん。なに言ってんだろ、わたし」

 紙に包んだら、香りも逃げてしまいそうだ。

 そもそも、使いかけの茶葉を渡すなんて。

 だがやはり詩乃は、今手元にある、この茶葉を分けて手渡したかった。

 共に過ごしたこの部屋の空気ごと、時間ごとすべてを丁寧にくるんで。

 この日々が終わっても、この安らぎを明人が忘れないように。

「次、うちに来たとき……」

 声が震え始める。

 初めて、明人がうちに来た日。なんだか警戒しているみたいで、でも驚くくらい料理の手際が良くて、はしゃいだっけ。

 何度目かの、明人の訪問の日。わりとすぐに、彼が料理を・詩乃がお茶を淹れる習慣が出来た。

 いつかの、明人がうちに来た日。落ち込む詩乃を、彼は優しく慰めてくれた。

 思えば、あのとき既に、もう恋は芽生えていたのだろう。

 最後に、明人がうちに来た日。あれは旅行の直前で、普段より遅くまで話し込んで楽しかった。

 そして、次に明人がうちに来る日。

 その日が、最後になるのだろう。