詩乃は押し黙ったまま、夢に浮かされたように体を動かしていた。

 冷え切った室内は、暖房が動き出しても寒いままだ。

「ただいま〜」

 詩乃は、わざと声をあげた。

 何もない空間に声が響くだけだが、いつもなら、少しだけ気分が上がるのだ。

 テーブルを囲むように、二つの座椅子がぽつんと置かれている。

 ブルーと、ピンクのお揃いの座椅子。

「あらら。もう、あんまり使わなくなっちゃうね」

 友達は多いのだから、これからもこの部屋にお客さんは来るだろう。

 でも、明人がいつも座っていたブルーの座椅子。あれは、貸すんじゃなくて自分が使いたい。

 そうだ。お茶を淹れよう。

 ふと思い立って、詩乃はキッチンに向かった。

 食欲はない。でも寒いから、暖かい飲み物でも飲んでおけばいいだろう。

 綺麗に掃除されたキッチンが目に入った。

「ピカピカだなあ。調理器具も、ずいぶん増えちゃった」

 よく手入れされているが、たくさん増えた調理器具は少しとっ散らかっている。