「うん」

 どくん、どくん、鼓動は密かに高まっていく。

 ときめく胸を抑えながらも、詩乃は予想より冷静な自分に驚いていた。

「今日、楽しかったね」

「ええ」

 思わず口にすれば、明人もすぐに答えてくれる。

 目を閉じれば、今日見た美しい光景が次々と浮かんで来た。

 遠ざかっていく都会の風景。風情ある街並み。美味しい食事。可愛らしい民芸品。

 そして、突然の嵐の中、どうしようもなく近づいた明人の息遣い。

 詩乃は、ゆっくりと目を開けた。

 徐々に暗闇に慣れた目が、浮かび上がる明人の横顔を捉える。

 閉じているのか定かではない目の縁を、案外長い睫毛が縁取っている。

 彼の胸はゆっくりと上下して、まさに今、ごく間近で明人が息づいているのを感じた。

 触れたい。触れて欲しい。強く、思った。