「いえ、そんなことは……」
控えめな声も、やはり困っているようだった。
もしかして、ほんとに嫌なのかな……詩乃が一抹の不安を抱いた瞬間、明人は向き直って優しく言った。
「嫌ではありませんよ。では、そうしましょう」
優しく促されて、詩乃は明人について部屋に向かった。
良いホテルだ。際立ってお洒落というよりは、ほっこりと落ち着いていて居心地がいい。
昔ながらの古い旅館を、リノベーションしてモダンに作り変えたような建物だ。
「お部屋取れただけでも、運が良かったよ!」
気を取り直すように——実際には、気落ちするどころか高揚を抑え込んでいるのだが——詩乃は言った。
「ええ。すぐに手配して、正解でしたね」
明人が頷く。
「さ……災難だったけど、せっかくだから楽しもう!」
災難だったけど、と口では言いながら、言葉が上滑りしていくのを感じる。
本当は、今夜一緒にいられるなんて飛び上がりそうなくらいに嬉しいのに。
