可憐な華はには毒がある。



耳鳴りが酷く、頭がガンガンする。

衝撃的な再会をした直後でまだ質問したいことは山程あったが、既に限界を迎えそうだった。


いや、限界を迎えてしまい倒れるように眠ってしまったというのが正しいのだけれど。


がくんと力の抜けた私の体をまたも受け止めてくれたのはネモだった。


「おっと、もう限界かな?おやすみ、アルス。いい夢見てね。」


ネモは柔らかな声で囁き優しい手で私の頭を撫でる。
まるで限界を迎えることを知っていたみたいで、どういうことなのか問い詰めたかったが、手の温もりと穏やかな手つきの心地よさに私の意識は完全にシャットダウンした。



だからネモが私の髪を一束すくい上げて流れるように口付けしていたことに気づけるはずがなかった。



もちろんそれを見ていた兄ーー柊兎の後悔に塗れる顔も。



「だから、会わせたくなかったんだよ……」


「全く、僕ずっと会いたいって言っていたのに、会わせてくれなかったもんね、柊。」


ネモの鋭い瞳が柊を射抜く。柊はネモの圧に怯みつつも、過去の自分の判断は間違っていなかった事を悟る。この男の執着は想像以上に深かった。


「なーんて、ね。別に会わせてくれたから許してあげる。」


アルスの髪をサラサラと救って遊んでいるネモは柊兎に向ける冷ややかな笑みとは裏腹に、軽快な口調で言う。

しかし、アルスを見つめる眼差しはとても穏やかで暖かみに溢れている。アルスの頭はネモの膝の上。
そう、いわゆる、"膝枕"というやつだ。


その光景をなんとも言えない表情で見ていることしかできない。


「お前のことだから、もう終わっていると思うんだが、一応な。」


そう言うと柊はアルスの制服の袖を少しまくり、手首に指を当て脈を測り始める。脈は安定していた。


「正常だな。」



「全く、僕がそんなヘマするわけないでしょ。異変があったらすぐに対処してるよ」


不機嫌オーラがでている。重たい沈黙が車内に立ち込め、空気が重たくのしかかる。ここで、先程張った予防線が生きる、はずだ。


「だから、先に一応だって言っただろ。」


と、そこでアルスが目覚めたようだ。張り詰めていた空気が一気に緩む。


「ん、……お兄ちゃん?」


「お!おはようアルス。」


「おはよぉ……」



そしてまた、眠りに入るアルス。妹が案外早く起きて安心する柊。寝起きアルスの無防備な姿にドキドキを隠せず赤面しているネモ。
これ以上ネモが迂闊に動けないことに安堵する。

束の間の静寂が訪れる。


そこに、運転席から声がかかる。


「お坊っちゃま方着きましたよ。」


「あぁ、いつもありがとう、後藤さん。アルスが完全に起きたら降りるよ。」


そう返答し、アルスのそばに行き声を掛ける。


「アルス、起きれるか?」


柊はアルスの近くにしゃがみこみ、軽く揺さぶり起こそうとする。しかし、全く起きる気配がない。格闘すること2分、アルスが少し目を覚ました。



「ん……おきたくない。お兄ちゃん抱っこ。」


参ったな……。

後藤さんを待たせていることだし、早急に車から降りたいところだ。ーーそれに、リムジンなんてずっと止まっていたら注目の的でしかないからな。


表向きの理由は置いといて、さっきから頭にグサグサと突き刺さる冷たい視線が問題だ。


さて、どうする俺。


「……」


いい案が浮かばず、黙っているとネモに先手を打たれた。


「僕が抱っこして連れていこう。ね、アルス。」


本当に顔だけは天使のように美しい。特にほほえみなんて添えられたら落ちない女はいないだろう。現にアルスも魅せられている。付き合いの長い俺ですら、ドキッとさせられることがあるので仕方がない。

ーーまぁ、顔は天使でも、中身は悪魔だ。


失礼なことを考えているのがバレたって奴は今、アルスに夢中だ。もう俺にできることなどないので見つめ合う2人を眺める。


アルスがぼーっと、ネモを見つめた後両手をネモに向かって広げる。


「じゃあ、ネモ、連れてって。」


ネモは幸せオーラを撒き散らしながら腕の中にアルスを収める。ーーもちろん、お姫様抱っこで運ぶらしい。

アルスもアルスで、満足そうに再び眠り始めた。