季節は移ろい、爽やかな風が心地よい季節となった。









しかし、そんな穏やかな日々は、突然の出来事によって中断された。
 






 「先生、大丈夫ですか?」






 
 ナースステーションにいた蕾は、廊下をいつもよりゆっくりと歩いていた有澤先生の顔色が著しく悪いことに気づいた。




額には汗が滲み、顔は蒼白い。






 
 「ああ、桜井さん。少し、体調が優れなくてね。大丈夫、心配いらないよ」
 





 有澤先生は、いつものように穏やかな口調で言ったが、その声には力がない。










蕾は、彼の言葉とは裏腹に、顔色から見てただ事ではないことを察した。






 
「熱があるようですっ、すぐに、ベッドで休んでください。」






 
 蕾は、有澤先生の腕を支え、医務室へと促した。






しかし、ちょうどその時、他の看護師たちは皆、患者さんのケアで病棟を離れていた。
 







 「困りましたね...」
 







 医務室のベッドに有澤先生を横たえさせ、体温計を渡しながら、蕾は一人で抱えきれないほどの不安を感じていた。



有澤先生の熱は38度を超えている。







 
 「僕は大丈夫だから。少し休めば...」




 
 「無理は禁物です。私が、点滴をしますね。」




 
 蕾は、迅速に点滴の準備を始めた。





慣れた手つきで、有澤先生の腕に針を刺す。






その間も、有澤先生は苦しそうに眉を顰めていた。









 
 点滴が始まり、有澤先生はまもなく眠りに落ちた。











寝顔は、普段の穏やかさとは異なり、苦痛に歪んでいた。時折、小さく「う...」と呻き声を漏らす。











その様子を見て、蕾の心は締め付けられた。





 
 「先生...」







 
 蕾は、そっと有澤先生の額の汗を拭った。







 「大丈夫...大丈夫だから...」





 
 蕾は、有澤先生の傍らに座り込み、その寝顔を見守り続けた。








眠っている間も、時折魘されている有澤先生が心配だった。






この状況で、自分にできることは、ただこうしてそばにいることだけだ。







有澤先生の体調を気遣ううちに、蕾は、有澤先生に対する自分の秘めた想いが、少しずつ確かに膨らんでいっているのを感じていた。







それは、もっと深く、温かい、そして少し切ない感情だった。








 
 「美桜...」







 
 有澤先生が、寝言のようにつぶやいた。








その声に、蕾は目を見開いた。頭を鈍器で殴られるような感覚だった。










「今のって……」










心臓の奥が締め付けられる。おそらく奥さんの名前だろうと蕾はなんとなく予想がついた。







有澤先生にとって、どれほど奥さんが大切な存在だったのか。







それを改めて思い知らされた。










蕾は、自分もいつか、有澤先生の心に、そんな風に寄り添える存在になれるだろうか。










雨音が、静かな医務室に響いていた。
















.