有澤先生と話すたびに、蕾の心は揺れていた。
そして以前から気になっていた彼の左手薬指に光る指輪が、どうしても頭の隅に潜み、こびりついて離れない。
それが、二人の間に横たわる見えない壁のように感じられ、何度か先生に話しかけようとしては、その度に「ダメだ、私には無理だ」と、自分に言い聞かせてしまうのだった。
彼とは、あくまでも医師と看護師という、越えてはいけない一線がある。それに、あの指輪は......。
有澤先生は、そんな蕾の戸惑いを、静かに見守っているかのようだった。
彼は、蕾の視線が自分の指輪に何度か向いていることに気づいているようだったが、何も言わない。
ただ、時折見せる寂しげな表情が、彼女の心を締め付けた。
彼は、亡き妻を深く想っているのだろう。
その想いと、蕾への静かに芽生え始めている特別な感情との間で、彼は葛藤しているのかもしれない。
蕾は、有澤先生に近づきたいという気持ちと、彼を傷つけたくないという気持ちの間で揺れ動いていた。
有澤先生もまた、彼女の想いに気づきながらも、踏み出せないもどかしさを抱えているのだろう。
二人の関係は、静かにすれ違いという名の壁にぶつかり始めていた。
あの桜の木の下で、有澤先生が何を想っているのか、蕾にはまだ、本当の意味ではまだ理解できていなかった。



