ある日、蕾は中庭の桜の木の下で、有澤先生がいつもみたいに一人佇んでいるのを見かけた。
「先生、お疲れ様です。」
蕾が声をかけると、有澤先生はゆっくりと振り向いた。
「ああ、桜井さん。休憩?」
「はい。ちょっと休もうかと。」
「そうか。僕もだよ。」
有澤先生は、かすかに微笑んだ。
その笑顔は、どこか遠くを見つめているようだった。
蕾は、彼の左手の薬指に嵌められた指輪に、再び目をやった。その指輪が今は二人の間の、見えない壁、いや蕾にとっては足枷となっている。
「先生、最近、お忙しいですか?あまりお話しする時間がなくて。」
蕾は、思い切って尋ねた。有澤先生は、少しの間、言葉を詰まらせた後、静かに答えた。
「うん、まあ、色々とね。新しい症例も多いし。」
その言葉には、何か隠された意味があるような気がして、蕾の胸は締め付けられた。
有澤先生は、蕾の気持ちにどこまで気づいているのだろうか。
それとも、自分だけが、彼に特別な感情を抱いているのだろうか。



