さくらびと。 恋 番外編(3)

 






 いつものようにカルテの整理をしていた、ある日の午後。蕾は、ふと顔を上げた瞬間、目の前に有澤先生がいることに気づき、心臓が跳ね上がった。






「(うそ、全然気付かなかった…!)」








どうやら、彼女が向かい合っていた電子カルテに集中しすぎて、彼の接近に全く気づかなかったらしい。










有澤先生は、彼女の顔色を窺うように、心配そうな表情で「桜井さん、大丈夫ですか?顔色が良くないようですが」と声をかけてきた。










その優しい声に、蕾は胸が締め付けられるような思いだった。







普段なら、このくらい大丈夫、と軽口で返せるところだが、今は掠れた声でさえ、彼に聞かれるのが恐ろしい。







「...大丈夫です。少し、喉が...」絞り出すような声で答えると、有澤先生はさらに心配そうな顔で彼女を見つめた。







「声が、ひどいね。少し、診察室へ来てくれますか?他の症状は?」







彼の言葉に、蕾は戸惑った。











診察室へ?他の症状は?と聞かれるのは、彼女にとって、声の不調以上に耐え難いことのように思えた。







しかし、有澤先生の真剣な眼差しに、断ることはできなかった。










診察室に案内されると、有澤先生は手際よく舌圧子とライトの準備をし、喉の様子を丁寧に診察した。











「やはり、喉の炎症がひどいですね。抗生剤と、咳止めを出しておきますね。」












そう言って処方箋を書きながら、有澤先生は時折、蕾の顔を覗き込んだ。








その度に、蕾は診察してもらったことへの申し訳なさと、自分の掠れた声を聞かれてしまったことへのショックで、ため息が漏れそうになるほど落ち込んでいた。








普段なら、ここまで親身になってくれることへの感謝の気持ちでいっぱいになるはずなのに、今はそれどころではなかった。