夏の暑さも和らぎ、秋の気配が忍び寄る頃。
病院の中庭の桜の木は、緑の葉を茂らせ、静かに佇んでいた。
蕾は、この頃、有澤先生との距離が急速に縮まったように感じていた。
会議室での偶然の触れ合いや、仕事の相談を通じて、二人の間には以前よりも親密な空気が流れていたのだ。
ある日の午後、蕾は医局でカルテの整理をしていた。
ふと窓の外に目をやると、有澤先生が、もう枯れ葉となった桜の木の下で佇んでいるのが見えた。
その姿は、まるで絵画のように美しく、蕾の心を惹きつけてやまない。
(先生、今日は何を考えているんだろう......。)
蕾は、有澤先生のことが、ますます気になっていた。彼の寂しげな横顔を見るたびに、胸が締め付けられるような思いになる。
そして、自分も彼の傍にいたい、もっと彼のことを知りたい、という気持ちが募っていく。
そんな蕾の様子に、有澤先生も気づいているようだった。
以前よりも、蕾に話しかける回数が増え、時折、蕾の個人的な話を聞いてくれることもあった。
「桜井さんは、休日は何をされているんですか?」
「えっと、私は......。音楽を聴いたり、読書をしたりしています。あとは、病院の桜の木の下で、ぼーっとしたり......。」
蕾が答えると、有澤先生は静かに頷いた。
「そうなんですね。桜井さんも、桜がお好きなんですね。」
「はい。桜を見ると、なんだか心が落ち着くんです。あの、儚いところが、綺麗で......。」
蕾がそう言うと、有澤先生は、ふっと息を吐き出した。
「儚い、か......。確かに、そうかもしれない。」
有澤先生の言葉に、蕾はドキッとした。有澤先生は、今でも亡き奥様のことを想っている。
蕾は、有澤先生の過去に触れることへのためらいを感じながらも、彼の言葉に静かに耳を傾けていた。
二人の間には、言葉にならない想いが、静かに、しかし確実に、織りなされていく。
有澤先生の人間観察の鋭さは、蕾の些細な変化にも気づいていたのだろう。
蕾の心に芽生えた、彼への特別な感情に、有澤先生も薄々感づいているのかもしれない。
この病院で、彼との関係は、一体どこへ向かっていくのだろうか。蕾は、そんなかすかな期待を胸に抱きながら、日々を過ごしていた。



