「それでは、針を抜きますね」
蕾は、点滴が空になったので、針を抜く準備をした。
静かにテープを剥がそうとしたその時、うっかり、有澤先生の腕の産毛を数本、一緒に抜いてしまったらしい。
有澤先生は、一瞬、顔を顰めた。
「あっ!ご、ごめんなさい!痛かったですか?!」
蕾は、慌てて謝った。
まさか、こんなところで不注意が出てしまうなんて。
顔が真っ赤になるのを感じた。
有澤先生が、腕をさすりながら、ゆっくりと顔を上げた。
「ああ...大丈夫...」
そして、蕾の必死な謝罪の表情を見た瞬間、有澤先生の表情が、みるみるうちに変わった。
先ほどの苦しげな顔が嘘のように、口元が緩み、やがて、もう堪えきれないといった様子で、大声で笑い出した。
「ぷっ...はははは!桜井さん、大丈夫だよ。そんなに慌てなくても」
「えっ...?」
蕾は、その突然の笑いに、あっけにとられた。
有澤先生が、こんなに思い切り楽しそうに笑う姿を、初めて見た。
まるで、蕾の視界にだけ、世界がキラキラと輝き出したかのようだった。
彼の目尻に浮かんだ皺、楽しそうに揺れる黒髪、そして何よりも、その屈託のない笑顔。
「(先生の、笑った顔……)」
蕾は、息を呑んだ。
この瞬間、蕾は確信した。
自分が、有澤先生にもう後にも引き返せない"恋"をしているのだと。
この、人の心を温かく照らすような笑顔に、すっかり心を奪われてしまった。
指輪をしている左手の薬指に、ふと視線がいく。
現実に戻されたような感覚に、少しだけ胸が痛んだが、それでも、この感情を否定することはできなかった。
有澤先生の、この初めて見た、太陽のような笑顔が、蕾の心をしっかりと掴んで離さない。
「そこまで、笑わなくても...いいじゃないですか」
「あはは、いや、ふふっ、、僕の方こそごめん、、、っ驚かせてしまってっ、、」
有澤先生は、まだ少し笑いをこらえながら、そう言った。その優しさに、蕾の頬はじわじわと赤くなった。



