ばらになりたいいちごの花は、今日もビスクドールのマリーと作戦会議をします。
「どうすればいちごの花はバラのような華やかであざやかな花になれるのかな」
そうたずねるいちごの花に、マリーはいつも決まってこう言います。
「ばらになることよりも大切なことがわかれば、ばら以上のものになれるでしょう」
いちごの花は何度聞いてもこの言葉の意味がわかりません。
ばらになることよりも大切なことって、なんでしょう?
ここは、夢子ちゃんという九歳の女の子が住む屋敷のお庭。
夢子ちゃんの気まぐれで庭に植えられたいちごの花と、
夢子ちゃんに庭に捨てられたままのビスクドールのマリーは一日中おしゃべりをします。
でも、マリーの言うことは難しすぎて、いちごの花には理解できません。
それでも、マリーはいちごの花にたくさんの話をしました。
それはほとんど、夢子ちゃんがマリーと遊んでくれていた時の話でした。
「夢子ちゃんは、私の声が聞こえる女の子でした。
だけど、九歳のお誕生日に、まるでぴたりと時が止まったように何も聞こえなくなって、
怖くなって私をここに捨てたのです」
「夢子ちゃんって、ひどいんだね」
「ひどくはありません。お人形はいつか手放される運命ですから。
私は夢子ちゃんといた時間も、こうしていちごの花とおしゃべりする時間も、幸せです」
「どうもありがとう」
「いちごの花はなぜばらになりたいのですか?」
「ばらって、すごくきれいなんだよ。
だからチョウチョもミツバチもたくさん寄ってくるの。
姿勢が良くて、いつも笑顔で、でも棘があるから変な虫は寄せ付けないの」
「そうですか……」
マリーといちごの花は黙り込みました。
庭を覆う白い雲が風にさらわれた時、マリーがその沈黙をやぶりました。
「チョウチョやミツバチがたくさん寄ってくることは、いちごの花にとって大切なことなのですか?」
「大切って何? わからないよ」
屋敷からは夢子ちゃんの弾くピアノの音が聴こえていました。ド、ミ、ソ……。
「いつかわかる日がきっと来ます」
マリーは願いを込めていちごの花に言いました。ド、ミ、ソ……。
「じゃあマリーにとって大切なものって何?」
ド、ミ、ソ……。夢子ちゃんの拙い指先だけがマリーといちごの花の会話をさえぎっていました。
「私にとって大切なものが何かわかった時、いちごの花にとって大切なものもわかるでしょう」
ジャーン!
ピアノが上手く弾けない夢子ちゃんはいらだって手のひらを鍵盤に叩きつけてしまったようです。
「わからないよ!」
ゴロゴロ……ピカッ!
遠くから雷が鳴る音がして、灰色の分厚い雲が庭の上に訪れました。
夏の終わりの夕立です。傘などあるはずもなく、マリーは雨に降られるままになっていました。
いちごの花にとって雨は大事な水やりですが、ビスクドールのマリーにとって雨はただの天敵でしかありません。
「大丈夫? ああ、木陰にいられたらいいのに」
「お気持ちだけで十分ですよ」
さっきまでマリーの言っている意味がわからなかったいちごの花も、
ここに捨てられた時は綺麗だったマリーが度重なる雨のせいで汚くなっていくのを思い知ると、悲しくなってしまいました。
マリーのために、できることはないのかな。
いちごの花がうんうんと考え込んでいる間に、夕立の雨は消え、空には晴れ間が見えました。
そこに、使用人のおばさんが庭の様子を見にやってきました。
おばさんはマリーを見るなり、手に取りこう言いました。
「あら、この人形、こんなに古くなっちゃって……。もう夢子ちゃんも人形遊びなんてしないし、いらないわね」
いちごの花は「待って!」と叫びましたがおばさんに伝わるわけがありません。
おばさんはマリーをひょいと黒いゴミ袋に入れ、どこかへ消えてしまいました。
ああ、なんということだろう!
いちごの花は泣き叫びましたが誰も気づきません。
そしていつも難しいことばかり話されて意味がわからなかったマリーの言葉を、いちごの花は思い返しました。
「ばらになることよりも大切なことがわかれば、バラ以上のものになれるでしょう」
「私は夢子ちゃんといた時間も、こうしていちごの花とおしゃべりする時間も、幸せです」
「チョウチョやミツバチがたくさん寄ってくることは、いちごの花にとって大切なことなのですか?」
「私にとって大切なものが何かわかった時、いちごの花にとって大切なものもわかるでしょう」
「お気持ちだけで十分ですよ」
すべての言葉が風になっていちごの花を揺らしました。そしてやっと気づいたのです。
「バラになることよりも大切なこと、それは私にとってのマリーで、マリーにとっての私なんだね……」
陽は沈み、空は紺色に染まり、月の輝きと星の瞬きだけがいちごの花を照らしていました。
いちごの花はわんわんと泣きました。泣いて泣いて、花びらがしおれて、茎が折れて、へなへなになって草むらに倒れ込み夜空を見上げました。
すると、一等星の星がやってきて、マリーの姿になりました。
マリーは捨てられる前の美しいビスクドールの姿で、いちごの花に金色の粉を振りかけながら言いました。
「気づいてくれて、ありがとうございます」
すると、枯れてしまっていたいちごの花はマリーと同じくらいの大きさの女の子の姿になりました。
二人は手を取り、星々の間をどこまでもどこまでも飛んで行きました。
