「先輩」
「んー?」
「月が綺麗ですねって知ってます?」
放課後の図書室。
私と先輩しかいないこの静かな空間で、私はふとした思いつきの話題を先輩に振ってみる。
「夏目漱石の?」
「ですです」
夏目漱石が翻訳した告白の言葉として有名な『月が綺麗ですね』。
『I love you』を表現する時に、奥ゆかしい日本人なら、愛してるなんてストレートな言葉じゃなくてもっと遠回しな言葉だろうって、この言葉が生まれたと本か何かで見た。
この話が真実かどうかはわからないけれど、この話を初めて聞いた時、思ったことがある。
どんな月を見て、この言葉を伝えようと思ったのかな、と。
「漱石が綺麗だと伝えたかった月は、満月だったんですかね」
私の言葉に先輩は、「んー」と考える素振りを見せた。
「......前にその言葉と一緒に送られてきた写真は満月だったかも」
俺には、月の写真を撮る感覚わかんないけど、と付け足して、窓の外を見る先輩。
「絢瀬、今日の月は欠けてるよ」
欠けてるのは先輩の感性だと思います、.......なんて言葉を飲み込んで、
「そろそろ鍵、閉めましょうか」
私は荷物を持って立ち上がった。
今週の木曜日もようやく終わる。
次に先輩に会うのは、また1週間後か。
「またね、絢瀬」
「お疲れ様でした」
校門を出て見上げた月は三日月で。
「........先輩みたい」
ひどく欠けたその月に私は、どこか先輩の影を見た。



