異国の舞姫はポンコツ皇子を笑わせたい

 迎えに行ってやれ、と言われたリダファは、

「……ありがとうございます!」

 素直に礼を述べ、また走り出す。三人も後を追った。
 すぐそこだと言われたがそれがどこかわからない。それでも、探す。耳を澄ませて、川のせせらぎを聞け!

「こっちだ!」
 ざざっ、と茂みをかき分ける。

 開けた場所。小さな滝と、川のせせらぎ。石でできた舞台。そこにララナは、いた。

「ララナ!」
 名を呼べば、くるりと振り返るララナ。満面の笑みでリダファを見る。
「リダファ様!」
「ララナ!」
 走り寄る。
 ララナもリダファに向かって走る。

 飛び込んでくるララナを抱き留め、そのまま持ち上げると、ぐるぐると回す。

「ララナ、無事だったんだね!」
「勿論です! 神様、とても優しかった!」

 見るからに神聖な場所で抱き合い、キスを交わす二人を見て、ジャコブは呟いた。
「これで一安心……なのかな」

 世界各国で数百年に一度重なる厄災は、天が与える警告のようなものなのかもしれない。自然がもたらす恵みに感謝を忘れず、間違った道を進むことのないようにという教えなのかもしれない。ふと、そんなことを考える。

「リダファ、ララナ様が戻ったのはいいけど、これからどうするんだ? ララナ様はお尋ね者になってるんだぜ? 俺も、父もララナ様の素性を隠してたことで宰相の職からは外されそうだ。お前が駄々をこねても、確固とした何かがなければ副宰相に言いくるめられちまうぞ?」

 ララナは巫女としての務めを果たした、世界を救ったなどと説明しても、クナウの伝説を信じていない輩には通じそうもない。さっきの体験がなければイスタとて半信半疑のままだったに違いないのだ。

「ああ、それなら私によい考えがあるよ」
 隣でジャコブが、にっと笑った。

*****

 各地で起きていた災害は、落ち着きを取り戻した。アトリスの雨は上がり、北の国の寒波は去り、南では雨に恵まれ、ジャコブのいるエルティナスでは害虫が姿を消した。
 それらすべてが本当にあの『声』の主のおかげかどうかはわからない。だが、少なくともあの場に居合わせた四人は、そう、思っている。

 ニース滞在時は揉めに揉めたララナの処遇だが、突然やってきたエルティナス国王、ジャコブの、クナウ伝説を交えた壮大な作り話で、ある程度丸く収まった。……いや、収めた(・・・)と言ったほうがいいか。
 そしてララナはジャコブが連れ去ったまま、未だアトリスには戻っていない。

 そしてアトリスでは、もう一つ問題が起きていた。

「なんだって?」
 事態を説明され、思わず聞き返す。
 リダファの子、フィリスを連れ押しかけて来たモルグが、死んだというのだ。

「一体何があったんだっ?」
「それが……」

 マチの話によれば、モルグは王宮に来てからというもの、息子であるフィリスを放ったまま、王宮の中にある装飾品などを持ち出しては街で売り、私利私欲に任せて散財していたらしい。その過程で街のチンピラと揉め、刺されたようだ。外出したまま戻らないモルグを王宮の近衛が探しに行き発見したという。

「なにをしてるんだ、子供がいるってのに」
 モルグに対し、同情などは一切ない。だが、親を失った子供には、何の責任もないのだ。
「だー」
 やっと歩き始めたばかりのフィリスを、リダファはひょい、と抱き上げた。当初は認めたくなどなかったが、あまりにも自分に似すぎているこの赤子は、彼女の言うように、間違いなく自分の子なのだろうと思う。だとするなら、正式に息子として認知するより他なさそうである。

「リダファ様、で、その……ララナ様は?」
 マチが不安そうに訊ねた。リダファはとびきりの笑顔を向け、言った。
「大丈夫だ。俺の記憶も戻ったし、ララナも帰って来るよ。ただ、少し時間が掛かるかもしれないけど……」
「そう……そうですか! よかっ……よかった……」
 マチがそう言って涙ぐむ。

 そうだ。時間が掛かる。

 まずはアトリス内で今回の一件を全て片付けなければならない。父、ムスファに報告しなければならないことが山のようにある。

「そんなに長く待つ気はないけどな」
 リダファはそうひとりごち、父であり国王であるムスファの元へと急いだ。

*****

 そして数か月──

 雲が流れ、温かな日差しが王宮を包み込んだ。
 まるで今の気分をそのまま表わしているかのような青く澄んだ空が広がってゆく。

 初めてララナがこの王宮に来た時のことを思い出した。あの憂鬱な空を。

 今日、ララナは嫁ぐ。再び、リダファの元へと。

「国王陛下、ララナ・ル・デハ嬢が到着いたしました」
 近衛からの報告を受け、ムスファが立ち上がる。
「通せ」
 王宮殿、大広間には家臣たちが一堂に会し、その時を待った。

「いよいよお出ましだな」
 からかうように耳打ちをしてくる国王ムスファを無視し、リダファは立ち上がる。

 大広間の扉が開かれ、姿を現したララナの両隣りには、エルティナス国王ジャコブ・ル・デハと、王妃リアンヌが並んでいる。

 そう。ジャコブはララナを養女にすると言い出したのだ。

『我がエルティナスの姫を娶るとなれば、誰も文句は言うまい?』

 そう言って悪戯を自慢する子供のようにウインクをしていた。それに、国に連れ帰ってクナウの伝説……主にあの日のことを聞きたかったという目的もあったようだが。

「ようこそお越しくださいました、陛下。ララナ姫を我がアトリスの……私の妃に迎えられること、心より感謝いたします」
 恭しく頭を下げると、満足そうな笑みを浮かべジャコブが頷いた。

「ララナ姫、リダファ・アムー・アトリスです。生涯私と共に、人生を歩んでいただけますか? その……もれなく息子もついてくるけど」
 マチがフィリスを抱いてこちらを見ていた。ララナは笑顔で答える。
「喜んで、お受けいたします!」

「これより、アトリス国第一皇子リダファ・アムー・アトリスと、エルティナス国皇女ララナ・ル・デハの結婚披露宴を執り行います」
 大宰相であるエイシル・ミオ・ラルフがそう、宣言すると、大広間に集まった来賓含め、各国の要人たちが一斉に拍手を送った。


「……仕事、辞めるかと思った」
 会場の片隅で、イスタがウィルに声を掛ける。ウィルは一瞬嫌そうに顔を歪めるも、いつものにこやかな笑顔に戻り、
「私は一生ララナ様の傍を離れませんよ」
 と宣言した。
 なにやら含みのある言い方に多少の引っ掛かりを感じはするが、そこは無視する。
「まぁ、ララナ様からエルティナス国王への書簡が届かなかったら、こうはなってなかったもんな。お手柄だよ、ウィル」
 バン、とウィルの肩に手を乗せる。
「あなたも大宰相様も、地位の剥奪を免れて何よりでしたねぇ?」
 厭味ったらしく言い返す、ウィル。
「リダファ様だけじゃなく、ジャコブ国王も口添えしてくれたみたいだからな」
「ふぅん、残念」
「おいおい、俺と仲良くなれてほんとは嬉しいんだろ? ツンデレだなっ」
「ちょ、やめてくださいよっ」


 広間には音楽。
 そしてその中央には、ララナが笑いながら踊っている姿が見えた。
 リダファは、そんなララナを見つめている。

 これからはずっと幸せに?
 いや、これからの二人にも困難が待ち受けているのかもしれない。
 けれど、今の二人を見る限り、どんな困難があろうとも手を取って乗り越えていけるのではないかと思えてくる。
 少しばかりポンコツな皇子と、底抜けに明るくて天然な娘。

「リダファ様、一緒に踊ってください!」
「え? 俺っ?」
 ララナに手を引かれ、舞台の真ん中ででたらめな踊りを披露するリダファ。

 それはとても嬉しそうで、幸せそうな笑顔なのである――。



FIN