「運命……」
 リダファがゴクリと喉を鳴らした。

「う……めぇ……」
 ララナはわかっていないようだ。

「出会いは初めから決まっていた。困難も多いが、仕方ない。二人で乗り越えていくしかないね。それと」
 チラ、とララナの顔を見、
「この子は厄介な星の元に生まれてしまったようだ。あんたがしっかりしないとダメだよ」
 リダファはそう諭される。
「え? あ、ええ、勿論です!」
 よくわからないが、力強くそう答える。

「いいかい、よくお聞き。この先、幾多の困難に見舞われることになる。だけど、大丈夫だよ。お互いを信じ、お互いを愛し、必ず幸せをつかみ取る。そして、周りの人間をも幸せにするだろう」
 占い師はそう言いながら、カードを並べる。

「まずは裏切り、のカード。誰かに裏切られたかい?」
「あ、はい」
 リダファが眉をしかめ、頷く。ハスラオの裏切り。
「そして次に、嘘。二人の間に、嘘は?」
 嘘。
「確かにありました。でも今はない」
「そうかい」
 占い師がカードを閉じる。
「では次に、」
 新しいカードをめくる。
「変化」
「変化? ああ、まぁ、二人の間にゆるぎない絆が芽生えた、とかそういう意味なら」
「いいや、そういう意味ではなさそうだ。そうかね。ではここから先の話になるのかねぇ。何かが変わるよ。そして最後に、」
 ぺら、とカードをめくる。

「混乱」

「え? 最後が混乱なのか?」
 リダファが慌てる。
「これから起きることを見ているだけさ。最後が混乱なわけじゃない。が、こういった風に二人の間には困難が立て続けに起こる可能性がある、という話だ。それでも諦めなければ、明るい未来が待っているさ」
「……もし途中で諦めたら?」
「その時は、その時さ。人生の選択というのは、その時の気持ちひとつで変わるもの。ましてや男と女の関係など、簡単にひっくり返ることもある。いいとか悪いとかの話じゃなくてね。正解なんてないよ。ただ、」

 ゆっくりと目を閉じ、続ける。

「この子の持つ光は強い。あんたが傍にいることで、この子は善になれる。それは間違いなさそうだ」
「……え? それってどういう…、」

 話の腰を折るかのように、バン、と扉が開く。
「おい、大丈夫なんだろうなっ?」
 待ちくたびれたイスタが乗り込んできたのである。

「さ、ここまでにしようかね。お代は三リーヴだ」
 そう言われ、仕方なく切り上げる。イスタがコインを出し、外に出るように言われてしまい、仕方なくその場を後にする。もう少し詳しく聞きたかったのだが。

 外では近衛師団の二人が待っていた。それはまさに『ここに要人がいます』と公言しているかのようだ。

「さ、もう戻りましょう、リダファ様」
「ちぇ」
 仕方ない。これ以上は無理と判断し、イスタの命に従うことにする。
「で、なに言われたんです?」
 イスタが興味津々といった口ぶりで聞いてくる。と、ララナがその問いに答えた。
「イスタ様、私とリダファ様、うめぇ(・・・)なのですよ!」
 イスタが目を丸くした。
「は? 食べ物の話をなさってたんですか?」
 面倒なので、そのままにすることにした。

*****

 翌日、リダファとララナは正装で、アトリスからの正式な訪問者として式典に参加する。
 エルティナス国王は若かりし頃、かなり自由人だったらしい。あちこちの国を渡り歩き、各国の古伝などを調べるのが好きだったのだという。

 今回そんなエルティナスに、観光の一環として、各国から集めた民芸品や郷土資料などを展示する施設を作ったのだ。国王の趣味がそのまま国の観光施設になったようなイメージである。

「開設前に、特別に見せていただけるとのことで、とても楽しみにしておりました」
 リダファがそう言って右手を差し出す。
 リダファの手を握り返し、エルティナス国王、ジャコブはにんまりと笑う。
「しばらく見ない間にずいぶん大きくなったな、リダファ殿」
 幼い頃、兄と二人で遊んでもらったのを、リダファもよく覚えている。リダファから見ると、少し年の離れた親戚のお兄さんのような感覚だ。とはいえ、それは皇太子時代のこと。国王になった今は、そんな風に気さくに話せる間柄ではない。
「ジャコブ国王もお元気そうで何よりです」
「で、そちらが噂の?」
 リダファの後ろでじっと二人を見ているララナを覗き込む。
「はい、私の妻で、ララナです」
 紹介され、ララナはぺこりと頭を下げる。
「何とも初々しい奥方だ」
「本当。可愛らしいわね」
 ジャコブの妻……王妃リアンヌが笑顔を向けた。

 四人はテーブルを囲んで朝食会へと進んだ。ジャコブの若かりし頃の武勇伝などを聞きながら、なんて事のない会話を楽しむ。彼の訪れた国は大国から島国まで多岐に渡る。そんな中、ララナの出身地であるニースの話にも及んだ。

「ニースはいい国だよ。歴史は浅いが、民たちは皆明るくて優しい。実はニースへと移り住んだ人たちっていうのは別の島に住んでいたクナウの民がほとんどでね。クナウっていう島は、いまだ謎に包まれているんだ」
「へぇ」
 リダファは興味深くその話に耳を傾けた。ララナのルーツという事になる。
「クナウは別名『神々の島』と言われていたらしい。今でも実在する、って文献もあるんだが、どこにあるのかは誰も知らない」

 古伝、とはそういうものが多い。
 いわゆる、諸説あり、というやつだ。

「クナウについての資料も少しだけど展示してあるんだ。そろそろ、行くかい?」
 ジャコブに促され、四人は席を立った。

 資料館は街の外れに建っていた。

 中に入ると、物珍しい異国の民芸品が並び、その国の街並みを再現した模型などが並べられていた。

「うわぁ、街ある。リダファ様、街!」
 ララナは楽しそうに模型を覗き込んだ。
「それは我がエルティナスだね。隣はアトリスだ。あ、さっき言ってたクナウはこっちに」
 案内され、見に行く。

 幻の島だけあり、模型はなかったが、クナウを描いたとされる絵画などが数点、飾られていた。その横には、文字が書かれた古い文献のようなもの。
「マイナル、マイナリ、ヴィダラルゥス」
 ジャコブがそう、口にする。
「詩の一節だと言われてる」

「私、知ってる。これ、歌……」

 そう口にしたのは、ララナだった。