立食パーティーなこともあり、会場ではあちこちの国の要人たちが入り乱れて会話をしていた。

「さすがに少し疲れたな」
 リダファはララナの手を引きテーブル席へ向かう。全身筋肉痛だ、などと格好悪いことは言いたくなかったが、実際は立ちっぱなしの会に体が悲鳴を上げていた。
 椅子に腰掛け、ふぅ、と息を吐く。

「ララナも疲れたろ?」
「私、がんまるます! まだぜんぜん」
 頼もしい奥さんである。
「ララナが大丈夫でも、俺は大丈夫じゃないよ……」
 苦笑いで返すと、ララナは立ち上がってホールの方を指差す。
「飲むの、もらういく。リダファ様、ごはん元気のやつ!」
「食べ物はいいよ。ララナ、取りに行かなくても持ってきてもらえるから、」
「まて、ヨシ!」
 そう言い残し、ララナは颯爽と行ってしまった。リダファは
「俺は犬か……?」
 と呟いて、苦笑する。

 それにしても、だ。

 細かい話はアトリスに戻ってから聞き出すつもりでいるが、今回の一件をハスラオがすべて仕切っているなどとは到底思えない。黒幕を探る必要がある。それに、ハスラオはララナが偽物であることも知っている。それを公表した場合の、ララナの扱いが変わってしまわないかも気掛かりだ。いくらニース国王の血を分けた娘とはいえ、いわば側室の子。父であるムスファはなんと言うのだろうか。

 いや。

 今更そんなことでララナを国に返すようなことは許せるはずもない。彼女は命の恩人であり、もう、妻なのだ。

 ざわざわと会場がどよめき出す。
 気になって目を遣ると、
「ちょ、ララナ!?」
 ガタン、とリダファが立ち上がる。

 会場の真ん中で、音楽に合わせてノリノリのララナが舞を舞っていたのだ。
 会場中から拍手が鳴り響く中、くるくると廻り、見事な舞を披露していた。
「まったく、もぅ」
 そんなララナを、リダファは優しい眼差しで見つめていたのである。

*****

 その日の夜、知らせを聞いた宰相補佐であるイスタと、その父でありアトリス国大宰相エイシル・ミオ・ラルフが、アトリスの近衛師団を引き連れカラツォに入港した。式典の邪魔にならないよう、港に待機すると同時に、港で拘束していた最初の船の乗組員たちの尋問を始める。

 今回の事件の詳細を知っていたのはごく少数。実際にリダファを海に投げ落とした近衛の二名と船長。香を焚きリダファを眠らせた女中。あとの船員は、夜は外に出るなと言われ、おかしいと思いながらも命じられた通り部屋に籠ってじっとしていたらしい。

「おい、大丈夫なのかっ!」
 尋問を終え、カラツォの迎賓館に駆け付けたイスタは顔面蒼白でリダファに駆け寄り、それこそ、抱きつきそうな勢いだった。
「筋肉痛以外、問題はなさそうだ」
 リダファは笑って答える。

「はぁぁ、ここに来るまでどれだけ心配したことかっ」
 その場にへたり込むイスタに、大宰相であるエイシルが喝を入れる。
「情けない声を出すでないわ! それに、リダファ様に対してその言葉遣いはなんだ! 弛んでいるぞ、イスタ!!」
「申し訳ございません」
 ピッと背筋を伸ばし、立ち上がるイスタ。

「それにしてもリダファ様、よくぞご無事で。国王陛下も心配していらっしゃいましたが」
 一応、カラツォからの高速船にはきちんとした説明ができるものを乗せていたはず。安否も勿論伝えているのだが、流石に海に落とされたと聞いて皆心配していたのだろう。
「ララナのおかげだよ」
 さすがに疲れたのか、先に眠ってしまったララナを思う。用意された寝室とは別に、もう一部屋を用意してもらい、今はそこで話をしているのだ。

「ところで、リダファ様。その……ララナ様ですが」
 大宰相であるエイシルが難しい顔をしてリダファを見る。
「なんだ?」
「本物のララナ様ではない、というのは」
 チラ、とイスタを見た。
「イスタ、お前っ」
 リダファが詰め寄る。
「仕方がないじゃないですか! 私は事実を報告したまでですっ。今回の件を捜査するにあたって、ララナ様の素性を隠したままでいられるわけがないでしょう!」

 半ば弁明にも近い言い方ではあるが、彼の言うことは正しい。今回の件、ララナの素性を隠したまま話が進むとは思えなかった。

「……エイシル殿、仰る通り、ララナは偽物……のようです。が、大丈夫ですよね? 今更そのことがこの結婚に何らかの影響を及ぼすなんてことは」
「それは何とも言えませんな」
 渋い顔のまま、エイシル。
「アトリスはニースとの婚姻契約を『国王の一人娘であるララナ・トウエ嬢』と結んでいるのです。例え国王の娘だとしても、別人となるとそれは問題です。今回の一件で彼女がリダファ様の命を救ったのが本当だとしても、このまま何事もなかったように婚姻を続けるというのは……」
 引っ掛かる物言いだった。

「俺を救ったのが本当だとしても、ってなんだ? 彼女を疑ってるのか?」
「まだなんとも。しかし彼女がララナ様ではないとするならば、今回の件に関与していないと証明せねばなりません」
「証明って……」
 急に不穏な空気が流れ始める。

 リダファは拳を握り締めると、強い口調で二人に向かって言う。

「俺は彼女以外の女性を(めと)るつもりはない! 誰がなんと言おうと、だ! 彼女は命の恩人であり、俺の大切な人だっ。何か問題があるというのなら、俺が自ら解決する!」
 今までにない剣幕でそう捲し立てるリダファを見、エイシルがあんぐりと口を開けた。

「な? だから言っただろ?」
 そんなエイシルの肩にポンと手を置くイスタ。それは大宰相と宰相補佐ではなく、父と息子の会話。

「イスタ、ここにいるのは本当にあのリダファ様なのか? こんな……」
 二人が何を言わんとしているかが分からず、ムッとするリダファ。
「おい、さっきからなんなんだよっ」
「リダファ様!」
 ガッ、とエイシルがリダファの手を取り、握りしめる。
「ちょ、は? な、なに?」
「素晴らしいです、リダファ様! そんな風に、奥方を思い、守ろうとなさる姿勢! 結婚になど興味がないとそっぽ向いておられたあのリダファ様が、自ら解決するとまで言い切るなど、誰が想像したでしょうかっ? 国王陛下もきっとお喜びにっ、ううっ」
 しまいにゃ涙ぐむ始末。

「ど、どういうことだよ、イスタっ?」
 わけがわからずイスタに助けを求める。
「あ、すまんすまん。ララナ様の件は確かに問題には上がりそうなんだ。でもリダファ様が絶対だ、って言えば誰もNOとは言えないさ。ララナ様と結婚して、リダファ様は明らかに変わった。もちろん、いい方に、だ。今回だって彼女の助けがなければ死んでたってのは紛れもない真実だ。それだけだって表彰もんさ」
 パチリ、と片目を瞑って見せる。
「またそんな言葉遣いをっ、このバカ息子!」
 エイシルが手を離しイスタの頭をバチンと叩く。

「二人して、俺を試しやがったなっ」
 リダファは顔を赤くして二人を睨んだのである。