出された菓子は、熱々のチョコレートケーキで、フォークで割ると中のチョコレートがとろっと流れでた。食べてみると、疲れた体に沁みていき吸収される。不思議と心が洗われるように、今までの不安や嫌悪感が剥落する。善良な人間になったと錯覚する。
心地いい。だがダニエルは自分が計算高い人間だと自覚している。だからこそマリーの存在は、自分自身が子供の頃に持っていた清らかな心を呼び戻す気がするのだ。そのような人物は他にはない。代わりがいない唯一無二の存在なのだ。
「ダニエル様どうですか?」
「美味しい。疲れが一気に吹き飛ぶようだ」
「本当ですか?」
「ああ、今まで食べたチョコレートケーキの中で一番、美味しい」
「良かった。ダニエル様が、そう言ってくださるだけで、嬉しいです」
「そうか」
「あ、大事なことを忘れていました」
「何だ?」
「実は逃げる時に、黒い馬車を見たんです。その手掛かりになればと思って。その馬車には、ダニエル様の公爵邸と同じ紋章が刻まれていました」
「何だって、同じ紋章?この公爵邸の紋章は、王家の血筋に近いことを意味する。その紋章を付けているとしたら、親戚筋の人間の可能性がある」
「ええ!」
ダニエルは詳しく聞きたいと、マリーに問いかけた。逃げる時に転げ落ちた馬車の後方をじっと見て、記憶しようとしたことを話し始めた。遠ざかっていく馬車は、決して忘れられない。あの状況は今でも鮮明に覚えている。
公爵邸に菓子を持て来た時に、同じ紋章の馬車を見てダニエルが犯人だと思ったことも白状した。そして屋敷で雇われると、証拠を掴んで捕まえられると思ったことも正直に話した。。
マリーの必死に訴える姿を見ると、またしても信憑性がある。母親を助けたいという思いが痛いほど感じてくるからだ。どうにかしてやりたいと、名案がないか思索するのだった。

