ブルークレールのソワレ ー甘いお菓子と公爵様の甘い溺愛ー



エリックの家の外では男が怒りを顕わにしていた。そして更に激しく扉を叩き始めた。エリックはマリーのために落ち着いた声を装った。

「はいはい、何の騒ぎだ」

ゆっくり扉を開けると男たちは雪崩れ込んできた。エリックは(俺の家なのにずうずうしい奴らだ)と腹立たしく思って見ていた。その様子は辺りを必死で探している。実験室の部屋を開けたが、誰もいないのだ。あまりに隈なく探すのでエリックは言った。

「何ですか?人の家に無断で上がり込んで、何を探しているんですか?」
「盗みを働いた娘がいる」
「へえー、何を盗んだんです。どういう娘ですか?」
「お前には関係ない」

そう言うと寝室を開けようとした。エリックは慌てた様子を見せた。

「ちょっと待って、そこは」

寝室の扉を両手で塞ぐようにして立った。すると男達は顔を見合わせ笑った。そしてエリックを払い除けて勢いよく扉を開けた。そこにはベッドのシーツに大きな膨らみがあり、誰か寝ていると一目で分かるのだった。

「なんだ、こんな所にいたのか?」
「やめて下さい」エリックは男の腕を掴むが、押し返された。
「お前は邪魔だ」

男の乱暴な態度にエリックはむかついた。
ベッドの中にいるマリーは(エリックのバカ)と心の中で叫び、もう、お終いだと観念していた。想像しても恐ろしさしかない。薬を飲んだら仮死状態になるのかと思っていたが、何の変化もないのだから、もう捕まるしかない。マリーは緊張で体がすくみ動けなくなっていた。

マリーの心のうちを知らないまま、男はゆっくりシーツを剥がした。するとマリーは二人の男と目が合った。恐ろし過ぎると声が出ない。これで終わりかと覚悟した。

「何だ。子供か」マリーは何が起こっているか分からず、呆気にとられていた。
「せっかく寝かせたのに」エリックは大袈裟にがっかりした様子で、マリーの横に座って頭を撫でだ。
「この子なかなか寝ないんですよ。責任とって寝かしつけてくれます?」
「紛らわしい、行くぞ」

男はもう一人の男に言うと、怒った様子で荒々しく玄関の扉を開けた。そして大きな音を立てて、閉めて行った。

「もう来るなよ」

エリックはそう言うと玄関に行き鍵をかけた。そして振り向くと鏡を見ているマリーが目に入った。
「きゃー」マリーの叫びに目が覚めたように驚いた。鏡の中に写ったマリーの姿は肩を少し超えた金髪の髪はクリクリで、白い肌に青い瞳がキラキラした9才の少女だった。

「どういうこと?魔法?何で子供になるの?エリック!」

パニック状態のマリーが叫んでいた。

「まあまあ落ち着けよ。驚くほどでもないだろう」
「驚くわよ。ここで驚かなきゃあ、どこで驚くの」
「知っているだろう。俺が若返りの薬を研究していたこと」
「知っていたけど、冗談だと思っていた」
「そんな訳ないだろう。不老不死は人類の永遠のテーマだ。夢があるだろう」
「エリックのことだから、不純な考えがありそう」
「そんなことはない。まあ少しは儲かれば、研究費の足しになるんだけどな」
「ほら、やっぱりお金に目がくらんでいる」
「人聞きの悪いこと言うなよ。健全な心で研究に打ち込んでるんだからな」
「何が健全よ。私の体で試さないで、早く元の姿に戻して!」
「それが、まだ研究途中で、マウスで実験したら・・・」
「私はマウス扱い。それとも人体実験したかったから利用したの」
「違う。あの時は怪しい奴らに追いかけられているって言うから、これしか考えられなくって」
「信じてたいのに!もう」

マリーは泣き出した。母親と別れた辛さと子供になったことで、不安に襲われた。その感情をエリックにぶつけた。エリックは慌ててハンカチを出すが、泣きじゃくるマリーにどう接していいか分からない。自分の頭を両手でもモシャモシャと掻いた。頭を掻くのはエリックの癖で、難題に直面すると無意識にでてくるのだ。

 すっかり外は暗くなっていた。泣くマリーの頭を撫でていたら、元の姿に戻っていた。エリックはマリーに鏡を見るように指差した。

「え、何」
「鏡を見て見ろよ」
「嫌よ。自分の顔を見ると不安になる」
「取りあえず、大丈夫」

マリーは渋々、鏡を覗いてみた。すると元の姿に戻っていたので、嬉しくてエリックに抱きついた。

「良かった。元に戻った」
「まあ、取り合えず、良かったな」

エリックは口を濁していた。そんなことも気付かなかったマリーは、元に戻った安心感から疲れが一挙にでた。仕事の疲れだけではなく、自分だけ逃げてきた後ろめたい思いが、疲れを倍増させたのだった。エリックは顔色の悪いマリーに優しく言った。

「疲れただろう。明日のために、休め。もう寝ろ」
「でもママのことを思うと、休めない」
「今は何処に向かったことすら分からない。だから明日、捜索願を出しに行こう」
「うん、ありがとう」
「さあ、寝よう。明日のために」エリックはベットに寝ころんで、横の開いている部分をポンポンと叩いてみせた。
「私、長椅子で寝る」
「嘘嘘、俺が長椅子に行くから、安心して寝ろ」

マリーは頷いた。エリックが部屋から出て行った後、残されたようで寂しくなったが、ベッドに入ると、いつの間にか眠りの中に沈んでいく。

逆にエリックは眠れなかった。隣の部屋にマリーがいるだけで、あらぬ想像をしてしまう。都合のいいことばかり考えてしまうのだ。

幼い時からマリーに好意を持っている。そこへ、まさかの二人きりで、そんな健全な男子は冷静でいられない。頭を両手で掻いては寝返りを何度も繰り返す。

「うわー!」と何かを打ち消すように叫んだ後に、右手で口を塞いで寝室の扉を睨み、起きてこないか確かめていた。シーンと静まり返った空気を感じると、また長椅子に体を預けて寝返りをうった。