ブルークレールのソワレ ー甘いお菓子と公爵様の甘い溺愛ー



 急いで走ったが公爵邸は、まだまだ遠い。途中、ダニエルの乗った馬車が目の前で止まった。マリーが戸惑っていると窓からダニエルが見下ろしていた。見上げたマリーは目が合うとダニエルが怒っている様子が分かった。

「どうして、ここにいるんだ」
「あ、えっと、マリオットがいなかったので、エリックの所に行ったのかと思って。あっ、でも帰ったって聞いたので、私も今、帰ろうかと」
「さあ、乗りなさい」
「でもダニエル様と一緒にいると、ご迷惑でしょうから1人で帰ります」
「駄目だ。暗い中、1人で女性が出歩くと危ないだろう。何かあったらどうする」
「大丈夫です。それよりも私なんかと一緒だと、ダニエル様に変な噂がたったら大変です」
「私は噂がたっても大丈夫だ。ただでさえ恋人を作らない私だから、男好きではないかと変な噂がたっている。それをマリーが払拭してくれるといいが」
「私がですか?」
「嫌か?」

そう言うと答えを待たずに馬車の扉を開けて、マリーの手を引っ張り強引に中へ入れた。一瞬のことで、どうなっているか分からず、されるがままに正面のソファへと座らされた。きょとんとしているマリーを見詰めていたダニエルは、大事そうに抱えた手荷物を見て聞いた。

「何を持っている?」
「ああ、これですか。これはエリックがマリオットにくれたお古の服です。可愛いんですよ。マリオットも気にいっています」
「服なら言いなさい。私が買ってやる」
「いいえ、エリックの物で十分です」
「エリックとは正々堂々戦う宣言をした。だから私にも同じ条件で」
「何のことです?」
「嫌、何でもない」

 直視するマリーに決まりが悪そうなダニエルは目を逸らした。

(こんなに近くだと瞳の中に映る光に吸い込まれそうになる。その美しさが際立つ、正々堂々とどころか、理性を失うところだ)
とダニエルは思った。
 
その後のダニエルは考え込み、二人の間には沈黙が流れた。馬車は公爵邸に着いたが、先程と打って変わり素っ気ないダニエルにマリーは気になった。目も合わせようとしないのだから。
 
 部屋に帰ったマリーは貰った服を片付けると、エプロンをつけて仕事に向かった。多少は疲れていたが、好きなお菓子作りができるのは嬉しい。
 
それにここに、いさせてもらうには約束通り、しっかり働かなくてはいけない。疎かにする訳にはいかない。パティシエールとしてのプライドが許せないのだ。そう思っただけなのにマリーは、やる気が漲って勢いよく厨房の扉を開けた。

そこにはダニエルがいた。まさか人がいると思わなかったので、声を上げて驚いた。
「きゃー!」その反応にダニエルも驚き、立ち上がっていた。