馬車の中は揺れるせいか、ダニエルの靴がテーブルクロスの裾から見えている。クロスの中に入り込み、靴は右に左にと波打つように動いている。その度にマリーは体を左に寄せたり右に行ったりと忙しい。ダニエルがまた動き左足を下にして足を組んで、上にある足を高くあげた。その足を避けるために、とうとうテーブルの内側で頭を打った。
「痛い!」
頭を打ったマリーはとっさにダニエルの足に抱きついてしまった。正面を見るとクロスをめくって、覗いているダニエルと目が合った。
「うわ!」
びっくりしたマリーは声を上げて尻もちをついた。慌てたダニエルは反対の座席に行き、テーブルの下からクロスを避けて、マリーの両脇に手をやり両手で持ち上げた。その様子は、まるで子猫を抱き上げたようだった。
「あははは」ダニエルは大声で笑った。
「こんなに愉快なのは久しぶりだ」と笑っていた。
マリーを横に座らせて打った頭を撫ぜている。まるで子猫になったようだった。そんな扱いにマリーは腹を立てていた。膨れっ面をして訴えた。
「何が可笑しい。僕がここにいるのを気づいていただろう?」
「そうだな」
「意地悪して足を動かしていたな」
「こそこそ隠れている方が、悪い。何が目的だ?」
「なっ、何も・・・。ダニエル様がどこに行くか、興味があったから」
思わない問いかけに焦ってカミながら答えてしまった。ダニエルは横に座り腕組みをしてマリーを見ていった。
「私に関心があるのか?」
「そういう訳じゃない。ただ行き先を知りたかっただけだよ」
「どこに行くか、気になるとはな。仕事にいくんだ」
「仕事?」
「私は遊び惚けている訳ではない。公爵家を維持するために軍で働いている」
「えー!軍人」
「そうだ。王族の親戚だからな、王のために動く近衛兵の特別捜査隊だ」
「かっこいい」思わず口に出てしまった。
「当たり前だ」
「じゃ、事件も解決してくれるの?」
「王が任務を命じた事件だけだ」
「そうか」がっかりして肩をすくめた。
もしかしてダニエルが母親を、助けてくれるかもしれないと思ったのだった。だが違う、軍人だからと悪い奴はいない訳ではない。軍を隠れ蓑にして、悪さを働いていると考えたのだ。またダニエルを疑いの目で見ていた。
「何だ。人を悪人でも見るような眼つきだな」
「悪人顔しているから」
「人聞きの悪い。王に仕える者が悪事を働く訳がないだろう。止めろよ。そんな目で見るな」
「ふーん。そんな見られて嫌なのは、悪いことしている証拠だ」
「大概にしないと怒るぞ」
黙ってダニエルをずっと見ている。
「止めろ、眼つきが悪いぞ!」
そんなことをいってくるのが、面白くなって、わざと細い目をしてからかってみた。
「まだ止めないのか、見るんじゃない」子供の目でそう見られると悪人になった気分だった。馬車内は騒がしい。

