馬を触ると思ったより可愛い。ダニエルが一緒に触ってくれるので怖くなかった。でもダニエルが近いので緊張して顔が引きつった。
「どうした?やっぱり怖いか?」
「いいえ、かっこいい」思わずダニエルのことを言ってしまった。
「そうだろう。私の馬、クラージュだ。良い馬だ」
「そうですね」
眩し気に馬を見るダニエルが素敵過ぎて、大胆にも首周りを抱きしめた。ダニエルはしがみついてきたマリーを優しく抱いた。母性本能は男性でも持っているのかと、疑問に思いながらもマリーが可愛くて仕方がない。親気分なのかと思ってもそうでもない。
男が好きなのか。少年が抱きついてくるたびに、心が躍るように騒がしい。ダニエルは自分がおかしくなったのではないかと不安になっている。きっとマリオットはマリーに似ているせいだと思い込もうとした。
「ダニエル様、馬車のご用意ができました」
馭者が声をかけてきた。ダニエルはマリーを降ろして言った。
「じゃ、行かないといけない。ひとりで部屋には帰れるな」
「うん」
いきなり素っ気なくなったダニエルを不思議に思った。さっきまで優しかった瞳は、マリーの顔も見ない。馬車の用意ができているのだから、出掛ける用事に意識がいっているのだろうか。
そう考えているとマリーは思いついた。この馬車に隠れて城の外に出ることを。
思い立ったら行動が早い。ダニエルが召使いに上着を受け取り着ている隙に馬車の中に入って、隠れ場所を探した。
内部はまるで部屋の中のように、馬車用に縮小した家具がある。両側に、ふわふわの長椅子があって、中央には小さなテーブル。その上にはお洒落なコーヒーカップがあった。横の皿に昼のデザートのレモンの焼き菓子が置いている。斜め上にポットが置いていた。中にはコーヒーが入っているのだろう。コーヒーの良い香りがあたりに漂っている。これはきっと昼を過ぎても帰らないのだと分かった。
マリーは隠れるため、入って左側にある棚を開けてみた。上部の扉は二段に別れていて、難しそうな本がぎっしりと詰まっていた。下部の扉は食器が入っている。所々空欄があるのは、今出ている食器の置き場所なのだろう。ここは狭すぎて入れないと思った。
もうどこにも隠れる場所はない。あるとすれば床までクロスを掛けられたテーブルの下だけだ。みつかりそうで隠れるのが怖い。だけどすぐにダニエルは乗り込んでくる。迷ってはいられない。覚悟を決めてテーブルの下に隠れた。間もなく、その馬車にダニエルが乗り込んできた。
ダニエルが乗ると馬車は発車した。案外、揺れる車内は子供の姿なので、面積が小さい分、少し動いても影響がない。でも油断は禁物だとマリーは思っていた。ダニエルの感は鋭い。先程も馬車を密かに探していた時、気配すら感じなかったのに、マリーを見つけ、いきなりダニエルが現れたのだ。だからこそ慎重にと息を潜めていた。

