「たまには都会の空気から離れたいっすね」
ある日、琉がそう言って澪を誘った。

行き先は海。
電車を乗り継ぎ、小さな駅で降りると、目の前に広がったのは水平線まで続く大きな海だった。
空はすでに夕焼けに染まり始め、オレンジ色の光が波間にきらめいている。

澪「わぁ……綺麗」
澪が思わず声を漏らすと、琉は隣で腕を組んで空を見上げた。
琉「ステージのライトより眩しいかもしれない」

2人は浜辺に並んで座り、しばらく無言で景色を眺めた。
波の音が心地よく、胸の奥にあった不安や迷いが少しずつ溶けていく。

「……俺さ」
琉が砂浜に小枝で線を描きながら口を開く。
「今まで、曲は“かっこいいもの”じゃないといけないって思ってた。強くて、前向きで……。
でも本当は、不安も迷いも、消せなくて。澪さんに話すようになって気づいたんです。弱さを出すことも音楽なんだって」

澪は琉の横顔を見つめ、静かに頷いた。
「……弱さって、誰かに見せるの怖いですよね。でも、それがあるから人は共感できるんだと思います。」

その瞬間―風に揺れる波音と、夕焼けの色が重なり、琉の中で言葉がひらめいた。

「……今、浮かんだ」
琉はポケットからノートを取り出し、必死にペンを走らせた。
「“夕焼けの海に溶ける不安も 君となら歌になる”……」

澪は息を呑んだ。
それは、今この瞬間の景色と2人の心がそのまま結晶になったような言葉だった。

澪「……すごい。胸に響きます」
琉「いや、まだ形になってないですよ。でも、この景色と澪さんの言葉がなかったら出てこなかった。」

その後、琉は何度も書き直し、澪に読み聞かせ、2人で砂浜に座りながら試行錯誤を続けた。
時には「難しいな」と頭を抱え、時には「これだ!」と笑顔を見せ―。

気づけば空は群青色に変わり、最初のフレーズがようやく完成していた。

「……やっと形になった」
ノートを見下ろす琉の表情は、安堵と達成感に満ちていた。
そして隣にいる澪を見るや、静かに言った。

琉「澪さん。これは、あなたと一緒に作った曲です」

澪の胸は熱くなり、思わず目を潤ませた。
それは“推しの曲”でありながら、“2人の時間”が刻まれた証でもあった。

波の音が優しく響く中、2人の距離はまた一歩、確かに近づいていった。