カフェでの温かな時間から数日が過ぎた。
琉が「また連絡する」と言ったものの、澪は気づいていた。自分たちはまだ連絡先を交換していないことに。

（……どうやって、また会えるんだろう？ライブに来いってこと...？）

職場で子どもたちの笑顔に癒されながらも、ふとした瞬間に琉の柔らかな笑顔や、真剣な眼差しを思い出してしまう。
期待と不安が入り混じる日々だった。

そんなある休日。
澪はなんとなく、あのカフェのことを思い出し、ひとりで足を運んでみることにした。
「もしかしたら、会えるかもしれない」
根拠のない想いに導かれるように。

ドアを開けると、店内の窓際に、見慣れた後ろ姿があった。

澪「……琉さん？」

小さく声をかけると、その人は振り向き、目を見開いた。
琉「……澪さん！」

驚いたように立ち上がり、次の瞬間には嬉しそうに笑う。
琉「マジで偶然っすね！いや、運命かも」

澪の胸は一気に高鳴った。偶然の再会。けれど琉の言葉が、その出来事を特別なものに変えていく。

琉「ひとりですか？」
澪「はい……あの、ちょっと寄ってみただけで」
琉「よかったら一緒に座りません？　ちょうど今、曲のアイデア整理してたとこなんで」

琉が差し出す椅子に、澪は少し戸惑いながらも腰を下ろした。
目の前にはノートとペン、そして書きかけの歌詞らしき文字。

澪「……これ、琉さんの曲ですか？」
琉「はい。まだ形になってないけど」
澪「すごい……」

琉は照れくさそうに笑う。
「でも、歌詞って難しいんすよ。自分の気持ちを書くと弱さが出るし、かといってカッコつけると嘘っぽくなる」

澪はしばし考えて、ぽつりと口にした。
「……子どもたちって、嘘つけないんです。泣きたいときは泣くし、嬉しいときは全力で笑う。それってすごくシンプルで、でも一番心に届くんだと思います」

琉は少し驚いたように彼女を見つめ、そしてゆっくりと頷いた。
「……そうか。子どもたち、か……。澪さんの言葉って、まっすぐ響くんですよね」

沈黙が二人の間に流れたが、それは気まずさではなく、心地よい余韻だった。

やがて琉が、何か決意したように口を開いた。
「澪さん。もしよかったら、連絡先交換しませんか？」

その瞬間、澪の心臓は破裂しそうになった。
推しから、自分に─連絡先を。

澪「……はい。ぜひ」

震える手でスマホを取り出すと、琉が優しく笑いかけた。
「これで“また会おう”がちゃんと叶いますね」

澪の胸に広がるのは、安心と、そしてこれから始まる何かへの期待だった。