一目惚れの彼は推しでした

気づけば時計の針はすでに夕方を指していた。
カフェの柔らかな灯りが、少しずつ夜の気配を映し出している。

澪「もうこんな時間なんですね。」
澪がつぶやくと、琉はカップを持ち上げて最後の一口を飲み干した。

琉「時間経つの、早かったですね」
澪「はい……なんか、不思議なくらい」

澪はそう答えながら、自分でも驚いていた。
初対面に近いはずなのに、こんなにも自然に話せてしまうこと。
それが“推し”だからなのか、それとも琉という人そのものの力なのか。

琉「澪さん」
澪「はい？」
琉「また会えますか？」

その言葉に、澪の心臓が一気に跳ね上がる。
ライブ会場で遠くから見上げるだけの存在だった人が、まるで友人みたいに――いや、それ以上に近くに感じられる。

澪「……はい。もちろん」
勇気を振り絞って答えると、琉は安心したように微笑んだ。

琉「よかった。じゃあ、今度は……俺のおすすめの音楽とか、澪さんの好きなこととか、もっと聞かせてください」
澪「私の……好きなこと？」
琉「うん。今日話してて思ったんすけど、澪さんってちゃんと自分を持ってるのに、それを隠しちゃうクセがある気がして。だから、もっと知りたいんです」

琉のまっすぐな言葉に、澪は胸が熱くなる。
澪「……はい。少しずつですけど、話してみたいです」

カフェを出ると、夜風が二人の頬を撫でた。
街灯に照らされた琉の横顔は、ステージ上の光に包まれた姿とは違い、どこか等身大で――それがまた澪の心を惹きつける。

琉「じゃあ今日はここで。また連絡します」
澪「はい……」

名残惜しさを抱えつつも、澪は深く頭を下げた。
琉が去っていく背中を見送りながら、彼女は心の中で小さく叫ぶ。

（夢じゃないんだ……！　私、本当に推しと隣にいたんだ……！）

その夜、澪の世界は、これまでよりも少しだけ優しく、鮮やかに色づいて見えた。