Pandora❄firstlove


ペンを止めた松山先生。


どうやら俺に対して、引っかかる事があったようだ。


それは心の奥底に眠る、小さな棘を見つけたみたいに。


「それはどうして?」



「俺の初めての初恋だったから」



「初恋……?」


「母さんであったのは、間違いなかったからだ。

あの頃、母さんが一番の恋人になるんだと。


その気持ちが今でも消えないから」


先生は黙ってそれを聞く。



「でも、その気持を踏みにじられた時間が一瞬だった。

不倫ってそんなもんだろ?


した側は一瞬で、された側は一生傷つく。


だから俺の気持ちは、ずっと消えない。



今でも好きって気持ちが全てじゃないけどーー支配してる。


記憶は消えないんだ。


この心の傷は。」



「そうか……そうか……」



これは相当深い傷跡だと言わんばかりに、相槌をうつカウンセラー。



「それだけ、お前は母親を愛していたんだな。



否定はしない。



心の在りようは、人それぞれだ」



「だけどーーー母さんは俺を裏切った。

別の男のところへ転がり込んだ。


飽きたという理由で。



一瞬だった。



でも、忘れられないぐらい濃厚な時間を母さんと過ごした。


それは事実だ」



「お前は……それに対して、どうしたい?」



「殺してやりたい。

相手を。

俺の貴重な幼少期、母さんに捧げた時間を取り返してさ。


母親を愛してやりたい。



だけど今でも、そう思ってしまう自分が怖い」



「そうか………」



松阪先生はしばらく黙ったあと。



「いいかい司。

これからもお母さんとの愛を否定する事はしなくてもいい。


あった事を否定すると自分が辛くなるだろ?」



首を縦に振る。



「だから、今度から自分の為に時間を使うんだ。

君は……悪くない。

殺意は自分の否定につながるから。


考えるのを、少なくしよう。」



少し心が軽くなった気がした。



これまで、精神病院を転々としてきた。



その理由はカウンセリングが全て合わなかったから。



ーーーそんな事を考えていても、意味はない。

前を向くべきだーーー。



ーーーお母さんとの関係を、正当化するべきじゃない。


君は傷つけられた被害者なのだから。


そんなの相手にしたら自分が壊れてしまうよ?ーーー。



ーーー離れたんだから、忘れなさい。

そんなに深刻に考えることじゃない。


心の気の迷いだよ


その感情はーーー。



どれも正論ではあるのだろう。



世間的に見れば母親が今でも、恋愛対象だと言うのはおかしい。


だけれど、俺にとってその正論は息が詰まる。

だって母親以外の世界を、俺は知らないからだ。


だからこそ、どれもほど遠い回答だった。



俺の気持ちはどうなるんだって。


俺の母を好きだった気持ち。


母を今でも愛したいという、この歪んだ気持ち。


「これらも全て、俺なんだ」って思うような考えが出来なかった。



世間がそれを許さないし、俺自身もおかしいと認めているから。




だけどやはり、この松山先生は凄腕のカウンセラーだ。


俺の気持ちを汲み取った上に答えてくれて。



現実社会でどう歪んだ俺らしく立ち回れるか、教えてくれる。


嫌な顔無しで。



迷惑を立てないで、生きていける方法を。



理想の男性先生だ。



渋いヒゲ、ほのかに香るコーヒーの匂い。




恰幅のいい白衣が、とても頼もしくとても落ち着く。



「だから、フラッシュバックした時目を閉じ思うんだ。



「今の俺がいるのは、過去の俺が耐えてきた証」だって。


そう思えば軽くなると思う。



そしたら醜い気持ちも、愛せると思う。



出来たことを肯定することは、抑制することにもつながるから。



そうしてみなさい」



西日がてってきた。



明るいせいかキラキラと埃が舞う。




先生に優しい日だまりオーラーがついたようなそんな感じ。



「あの………っ」




次に言おうとしたら、タイマーが鳴った。