揺れる視界の中、目を開けると雪景色。
それはコートの上からでも染み込むような冷気が、体温を奪っていくような日だった。
「母さん!!」
幼い足元を震わせながら、走り通していた。
息は透明のようで白く、喉元を氷漬けにして息が詰まりそうな夜明け前。
誕生日だというのに、帰ってこない母さんの帰りを俺はまだ待ち続けていた。
そこに「母さんは、何処かで連れ去られてしまったのではないか」という不安が殴られたように痛みとして染み込んだゆえ。
こうして今走っている。
だけどもだ、どうしてーーー俺がこんなに夢中になって母さんを探しているのか、理解できなかった。
だって今日は「母さんの誕生日」ではなく「俺の誕生日」であってーーー。
街なかの霧が濃くなっていく。
俺が最初に母さんに「初体験」を奪われた日だったから。
もう六時前だというのに、まだ帰ってこない。
スナックの商店街に入りびたって、稼いでいるのだろうか。
それは、俺のためであってほしいと願った。
だけども、運命は残酷だ。
霧が立ち込める住宅街をくぐり抜け、やっとの思いで母さんが仲良くしていた常連さんの家にやってきた。
母さんは気にった常連さんを見つけると、家に招き入れておれと話をさせてくれる。
その常連さんは特に、母親のお気に入りでメガネを掛けた男性だった。
既婚男性で子供もいると当時から、囁かれていた。
母が白い家から出てきた。
声をかけよう。
一歩踏み出す。
霧がさけるように、掠れてゆく。
キスをしてた。
母さんが、見知らぬ常連さんとキスをしていた。
胸を握りつぶされ、酸素が逆流しているかのように、耳が熱い。
肩がふるふると震え、今目の前で何が起こっているのか理解できた。


