勉強会のご褒美は。

マラソンを終えて、屋敷に戻る。



「んじゃ、また後で。」

「はい。」



遥翔様と部屋の前で別れ、私は着替えてから1階に降りる。

先に集まっていた人たちに挨拶をしながら、河原さんに今日の仕事が書かれている紙を貰いに行く。



「弥夏さん、どうぞ。今日は遥翔様が起きていらっしゃるのでそれ以外をよろしくね。」

「はい、ありがとうございます!」



紙を受け取っていると、河原さんの発言が引っかかったのか、周りがザワッとした。

遥翔様がこの時間に起きてることは共通認識で異常事態なんだな。

今日の仕事はなんだろうと紙を見て目を見開いた。

いや、そんな、まさか……ね? 多分間違えたんだよ、きっと。

そう信じて河原さんに聞きに行く。



「河原さん。今日はこの業務?で合っていますか?」

「合っていますよ。もうすぐテストとお聞きましたので。」

「合ってるんですね……。」

「はい。頑張ってください。」



そう言いながら微笑む河原さんが、小悪魔に見えた。

うぅ……なんで、なんで、今日の業務が「勉強」なの!

初めて聞いたよ、業務が勉強って。

勉強よりも、家中を掃除するのほうが、私得意だよと思いながら部屋の扉を開ける。



「あ、弥夏。」


バタンッ


あれ?部屋間違えたかな?

キョロキョロとして私の部屋で合ってるよね、ともう一度扉を開ける。



「弥夏。」

「……は?」

「は?ってなんだよ、失礼だろ。」



問題集と筆記用具を持って座っていた遥翔様が、立ち上がってこっちに来る。

え?なんで遥翔様私の部屋にいらっしゃる……?



「この後、書斎の個室スペースで勉強するから、一緒に来て。今日の業務、勉強だろ?」

「はい。なんで知って――、もしかして!」

「筆記用具と昨日の問題集と学校で配られた問題集持って書斎来てなー。」



そう言って遥翔様は早足で階段を降りていく。


…逃げたな?!

逃げたってことは今日の私の業務、絶対遥翔様が決めたんですよね?!

業務で勉強しろって言われたらするしか無いけど……私の集中力は1時間が限界だって知ってますよね?

とりあえず行こう…と筆記用具と問題集2冊を持って、書斎へ向かう。

ここの屋敷の書斎はとても広く、図書館のような感じになっている。



「あっ、遥翔様。」

「弥夏、こっち。」



ちょうど個室から出てきた遥翔様を見つけ「失礼します」と中に入る。

個室スペースは横長の机に、本棚と横にマットが置いてあった。

結構広いんだ…っ!

もっと狭いのかなって思ってた。

机に荷物をおいて、遥翔様の隣の椅子に座る。



「弥夏の集中力が1時間だから、少しでも長く集中が続くように、ポモドーロ・テクニックを使おうと思う。」

「ポモドーロ・テクニックですか?」

「そう。25分集中して5分休憩のサイクルを4回繰り返す。有名な時間管理術なんだ。」

「そうなんですね、初めて聞きました。」



時間管理術なんて、調べたこともなかったな……。

25分集中して5分休憩のサイクルなら、私も出来そうっ!



「で、弥夏はまず25分でこのテストして。昨日の問題集の復習テスト。満点取るまで終わらないから。」

「満点……頑張ります。」



5枚のテスト用紙を受け取り、筆記用具を用意する。

遥翔様がタイマーを25分にセットしてくださり、準備ができたところでスタートボタンを押した。

よしっ、頑張るぞ!

数問解き初めて、意外とスラスラ解けていることに気がついた。

昨日、問題集を頑張ったからかな?

答えが合ってる保証はないけれど、解き方は結構分かる!

解けるだけでも前より楽しい気がする…っ。


シャーペンを動かし始めて数十分。

最後の教科の英語までたどり着いた。

英語……問題見るだけでやる気が失せるけど、頑張るしかない!

おりゃぁぁっ!と気合で問題を進めていき、タイマーが鳴ると同時になんとか問題を解き終わらせた。

終了!時間内に終わった…っ!



「テストできたか?」

「はいっ、出来ました!」



テストを遥翔様に渡すと、パラパラとめくってから、すごいと褒めてくださった。

最後は時間ギリギリだけど、頑張ってよかった!

テスト直しも頑張ろう…!

次は何をするんだろうと思っていると、遥翔様が立ち上がった。



「弥夏、そこのマットのとこ座って。」

「マット…? はい。」



遥翔様が指さした、机から少し離れたところにあるマットに座る。

座ったけれど、何をするんだろう。

たしか、今から5分間は休憩だよね?

マットに座ると、数年前にやらされた柔軟思い出すなぁ……。

体が硬すぎて父さんに後ろから押してもらってたなと思い出してると、遥翔様が私の後ろに回った。

……あれ、嫌な予感が。



「長座体前屈は知ってるよな? それやって。」

「…わかりました。その、後ろから押さないでくださいね…?」

「それはフラグ? わかった。」



んん、ヤバいかも?

遥翔様、その「わかった」って押さないのがわかったのかフラグ回収するねのほうなのか、どっちですか?!

できればフラグ回収はしてほしくないですとフラグをもう一つ立ててから腕を前に伸ばす。


「んぐぐ……。」


の、伸びろ、私の腕…!

せめて足先にだけでも届いてほしいっ!

という私の願いは叶わず、足先から5センチ離れたところで手が止まった。



「あー、弥夏? 本気でしてる?」

「してますよ……! 私、体硬いんですよ……。」



体が硬いのバレるの恥ずかしいなって思って言ってなかったけれど、どうせバレるなら言っておけばよかった……。

体がキツくなってきて、後ろに立つ遥翔様の方を振り返る。



「もうやめていいですか?」

「もうちょっと頑張れ。」



にこっと笑って私の背中に手をつく遥翔様。

あれ、これはまさか……。


ぐぐっ――



「いたたたたたた!!!!!」

「ぶっ……頑張れ頑張れ〜。」

「笑いました?! いたたっ!」

「笑ってないよ。もっと伸ばせ〜。」



そう言いながら私の背中にゆっくりと全体重を乗せてくる遥翔様。

笑ってないなんて、嘘だっ! 吹き出してましたよね…?!

言い返したいけど、痛みでそれどころじゃない。

前を見ると、伸ばしている手がだんだんと足先に近づいている。



「手が足先についたら終わりな。」

「本当ですか!」



私が結構限界まで伸ばしていることに気を使ってくださったのか、いたたたと叫ぶ私が見苦しくてやめることにしたのかはわからないけれど、後少しだ!頑張るぞ…っ!

プルプル震える手を伸ばして、伸ばして――、届いた!

手が足に届いた時、遥翔様は体重をかけるのをやめてくれた。

久しぶりにこんなに伸ばした…!

すっごい痛かった…。

手首を回しながら、遥翔様の方を見る。



「遥翔様は、しないんですか?」

「は?俺?なんで?」

「なんでって……遥翔様がしているところもみたいなと思いまして。」

「いや、俺の見ても面白くないぞ?」



少し慌てた様子で椅子に戻ろうとする遥翔様に、もしかして?と思い、強行突破することにした。



「そんなこと言わずに! 休憩時間だってあと2分あります!2分もあればできますよ!」

「2分、いや確かにそうだけど。そんなに…?」

「はい!みたいです!立ってやるのでも大丈夫です…っ!」



らしくない陽キャかまっちゃん雰囲気でいくと、遥翔様は少し考えた後、わかったと嫌そうだけどしてくださることに。

押し切ったぞ…!

今度からなにかしてもらいたいけど嫌そうな時、この陽キャかまってちゃん雰囲気で押し切ろうかな…?

遥翔様はたってすることにしたらしく、体をぶらんと垂れた。

そしてそのまま少し動かなくて、5秒くらい経った後に体を起こした。



「え?遥翔様、ちゃんとやりました?」

「ちゃんとやった。」



本当にふざけていないというような顔で言われる。

ぎりぎり膝より手がしたって感じだった、よ…?

もしかして、遥翔様って、私よりも体硬かったりする?

辛いのが苦手だったり朝弱かったり、意外なところありすぎじゃないかと思いながら、さっきされたことそのまま返しても良いのではと思いついた。

あれは流石に痛すぎたから、お互いに引っ張り合ってもいいよね。

さっきすごく痛かったから、そのくらいしても許されるよね…?!というか許してください…っ!

椅子に座って、隣りに座った遥翔様に、いつものあの圧のある笑顔を真似して言う。



「遥翔様、次の休憩の時、ストレッチ一緒に頑張りましょうねっ。」

「……まじか。」