勉強会のご褒美は。

ピピピッと時計が鳴る音で目が覚めた。


「んん〜! 快眠ー……。」


窓を開けると、まだ少し暗い街が見える。

さぁっと入ってくる風邪が頬をくすぐる。

気持ちぃ…!マラソン行くのが楽しみだ〜っ!

髪をとかして服を着替えているうちにだんだん頭が動いてくる。

今日は、土曜日だから学校ない、やった!

顔を洗いに行って、スッキリした後、部屋に戻る時に遥翔様の部屋の扉が目に入る。

朝は好きだけど、遥翔様起こすのだけは少し憂鬱だなぁ。

あの目で睨まれるとビクッてなるから。

部屋に戻って靴を履いて部屋の扉を開けようとして、ふと止まった。

私、なにか忘れてる気がする…。

なんだろう?

仕事はこの後だし……、と部屋の中をグルッと見渡して机の上においた問題集を見て気づく。

そういえば、遥翔様もマラソンに行くんだっけ?

あれ?夢だったっけ?

問題集に遥翔様がメモしてあった気がしなくもない……。

いや、でも、朝が弱い遥翔様が朝5時にマラソンなんて行かないよね!と問題集の表紙を見る。


「……明日の朝、マラソンする時俺も行く。」


はっきり書いてある……っ。

起こしに行かなきゃだぁぁ……起きなかったらもう良いよね?

起きないといけないわけではないし。

5分くらい粘って起きなかったら諦めよう。

1回起こしただけでもう次が嫌になるって相当だなとか思いながら、もちろん返事のない扉をノックして遥翔様の部屋に入る。


「失礼します……。」


ベッドを見ると気持ちよさそうに眠っている遥翔様。

こんな気持ちよさそうに眠っているのに起こすなんてすごく申し訳ない……。

夢の良いところで起こしてたらごめんなさいっと頭の中で謝りながら、ゆさゆさと毛布ごと遥翔様の体を揺する。

1分くらい「遥翔様〜」と呼びかけながらゆさゆさするも、まったく起きる気配がしない。

……起きない!

もう少し大きな声出してみる…?


「遥翔様っ、遥翔様っ!」


さっきよりも大きめの声でゆっさゆっさとゆらす。

……全然起きない!なんでっ!

早くマラソン行きたいのに……。

よしっ、ここは蹴られるの覚悟で大きな声で起こそう!

昨日みたいに上半身持ち上げたら流石に起きるはず!


「遥翔様!5時です!マラソン行きますよ!!」


毛布をのけてベッドから上半身を持ち上げる。


「ん……。」


起きたっ?!

顔を覗くとガクッと頭が下がった。

目は1ミリすら開いていない。

起きてない?!

こんな、ほぼ座ってるような状態なのに?!なんで!!



「遥翔様っ、起きてください!」

「……。」



返事はなし、規則正しい寝息だけが返ってくる。


……もう、良いよね起こさなくて。

これだけしても起きないなんて、私にはもう、起こせないよっ……。

遥翔様をベッドに寝かせて毛布を被せて「失礼しまし
た。」と自分の部屋に戻る。

起こせなかったこと後で怒られるかなぁ…?

でも起きない遥翔様が悪いよね、私はちゃんと起こした…っ!

マラソン頑張るぞっ!

気持ちを切り替えて1階に降りると、河原さんがいた。



「おはようございます河原さん!」

「弥夏さん、おはようございます。 マラソンですね。」

「はい…っ!」

「お気をつけて。」

「ありがとうございます、行ってきます!」



お辞儀をして行こうとしたところに、2階から、ジリリリッと超大音量の目覚ましの音が聞こえてきた。

え?!な、なになになに?!

目覚ましの音…? 音大きすぎない……?!



「遥翔様の目覚まし時計だわ。 こんな時間に、珍しいわね。」

「遥翔様のなんですか?」

「えぇ。 音がなかなか止まらない……あ、止まったわ。」

「本当だ。 大丈夫ですかね?」

「きっと、ボタンの押し間違いでしょう。部屋に戻るついでに見てきますね。」

「良いんですかっ?ありがとうございます…!」



笑顔でマラソン頑張ってくださいと言ってくださった河原さんにありがとうございますとお辞儀をして、玄関に向かう。

昨日はマラソンに行っていたから目覚ましの音が聞こえなかったのかな?

それにしてもすごい大音量だったなと思いながら扉を開けると、後ろから「遥翔様? おはようございます、どちらへ?」と河原さんの声が聞こえた。

遥翔様…?起きたのかな。

多分トイレに行くんだろうと玄関を出たところで準備運動をする。

いきなり走ってアキレス腱とか切れたら困るからね。

ボディーガードだから、本番は突然走ることになるけど、普段はちゃんとストレッチしないと。

屈伸、アキレス腱、伸脚と順々にやっていると、扉が開いた。

誰だろう? 誰かわからなかったとしても、この屋敷の人だし、挨拶はしておかないと。



「遥翔様っ?!」



立ち上がって顔を見ると、口がへの字に曲がっていていかにも機嫌が悪そうな遥翔様が立っていた。



「なんで起こさなかった。」

「あっ、すみません……。」

「すみませんじゃなくて、なんで起こさなかった。」



朝寝起きな上に私が起こさなかったからか、瞼はまだ半分しか開いていなくて、さらにすごくご立腹のご様子…っ!

いや、でも起こさなかったのには理由がちゃんとありまして!



「私はちゃんと起こしに行ったんですよ!ですが、遥翔様が、声かけたり体を揺らしたりしても起きなかったんです!」

「普段は5時なんかに起きないからな。声かけて揺らしただけで諦めたのか?それ起こしたとは言わないだろ。」



起こしたとは言わない…?!

起きなかった張本人がなんてこと言うんですか…っ!



「私、遥翔様の体起こしたんですよ?それでも起きなかったんです!」



それ起こしたとは言わないって遥翔様言ったけれど、これはもう起こしたことになるよね?!



「俺の体を起こした?どういうふうに?」

「昨日の朝みたいにです。」

「あぁ……、たしかにあれは、物理的にも起こしてる、か。なんか、頑張ってくれたんだ?ありがとう。」

「いえ、今日は起こせなくてすみませんでした。次は遥翔様が目が覚めるまでちゃんと起こします!」

「起きるかはわからないけど、よろしく。で、走らずに何してんの?」

「ストレッチです。」



遥翔様もやったほうが良いですよというと「面倒くさいから嫌。」と断られた。

えぇっ、でも、ストレッチしとかないと本当に危ないんだよ…?

普段運動している人でもアキレス腱切れた人とかいるくらいだから。

面倒くさくてもやってくださいと念を押して言うと、面倒くさそうにしながらも体を伸ばし始める。

あ、やってくださってる。よかったぁ……。

朝走って遥翔様の筋切れたとかになったら、大惨事だし、私は解雇処分だけじゃなくて、今後の仕事依頼にも絶対に影響する…、遥翔様の体力がどれくらいなのかは知らないけど、気をつけとかないと!

ストレッチをやり終えて、いざマラソン!

昨日、豪邸の周りは走ったけど、今日は遥翔様がいるから肩慣らしということで、また豪邸の周りを走ることにした。



「遥翔様は、朝にマラソンするのは初めてですか?」

「うん。朝は起きるのが遅いし、最近は暑いから。」

「最近は夜も暑いですよね。」

「うん。」

「……。」



無言、気まずいなぁ……。

勉強してるときはお互いに集中してたからか全然気まずくなかったんだけど、無言って結構気まずい。

なにか話題……あ、今朝のすごくうるさかった超大音量アラーム。



「なんで今日、マラソン来てくださったんですか?」

「アラームは、ごめん。 俺、休日は仕事がなければ昼間で寝てるんだけど、父上に起こられるんだよ。弥夏がマラソン行くなら、その時に一緒に行って目覚まそうと思って。」



なるほど…!

昼間で寝てて鷹正様に怒られる遥翔様……、いつもの遥翔様からは想像できないけど、寝ぼけて悪態ついて怒られてる遥翔様なら少し想像がつくかも…?



「おい。なんでそっちは想像つくんだよ。」

「昨日、遥翔様を起こしたときにそうだったので。」



あははと笑って受け流す。


……心の声読まれてた?! あ、これも読まれてるのかな。

心を読まれるタイミング、良いときは神タイミングなのに、悪いときはとことん悪いよね……。

遥翔様が今考えている人がわかるアイテムとか無いかな……?

今売られてたら即買いに行くんだと思っていると、豪邸の裏側の景色が見えてきた。

昨日も見た景色だけれど、思わずテンションが上って、まだ眠そうだけどこの景色を見て少しだけ目が開いた隣を走る遥翔様に声をかける。



「遥翔様、すごく綺麗な景色だと思いませんか…っ!」

「ほんとだ、すっげぇ綺麗。」

「遥翔様は、この景色見るの初めてなんですか?」

「穂がなっている時期に来るのは初めて。」



あたり一面のこの景色に見惚れたのか、少しペースを落とした遥翔様に合わせて、ゆっくりと走っていると、少し離れたところにトラクターに乗って稲刈りをしているおじさんがいた。



「「おはようございます!」」

「おはよう。」



2人で挨拶をすると、おじさんは明るく返してくれた。
そして、私の隣の遥翔様を見て、離れていてもわかるくらいに驚いた顔をした。



「遥翔くん、彼女さんのために早起きかい!」

「そうです! 稲刈り頑張ってください!」



そう元気な声で言って手を降る遥翔様にびっくりして、遥翔様の顔を見て、さらにびっくりした。
すっごいキラキラ笑顔!

さっきまでの超眠そうな遥翔様はどこ行った?!

驚きながらも、おじさんに「頑張ってくださ―い!」と言って、またペースを上げて走り出す。



「……遥翔様。」

「なに?」

「さっきのおじさんが言ってた彼女さんって、恋人とかじゃなくて、女性を呼ぶときの敬称としてで合ってますよね…?」

「そうだと思うよ。…なに、恋人のほうかと思ってドキッとした?」

「違います!確認です。」



恋人の方なわけがあるわけない…!

昨日もなんか似たようなこと言われたなっ!?



「わかってるよ。……俺は、恋人の方でも良いと思うけど。」

「……いや、何を言ってらっしゃいます?!」

「冗談だって。」



冗談ですよねっ!


ちょうど、太陽が雲の間から出てきて、稲穂がきらっと光る。

その横を走る遥翔様の頬が赤くなってた。

走ったからか、照れていたからなのかは、考えないでおこうっ。