勉強会のご褒美は。

席につくと、すぐに先生が入ってきた。

先生は、手帳をパラパラとしながら連絡事項を言っていく。

ボーっと聞いていると、前からプリントが回ってきた。



「覚えているとは思いますが、来週の金曜日は実力テストです。しっかり勉強してくるように。以上。」

「きりつ、礼。」



「さようなら」と全員が礼をして速やかに帰る人、友達と話す人に分かれ始める。

私はというと、先生の言っていたことに絶望していた。

え、実力テスト…?聞いてないよ…?

私…、ピンチじゃない?

荷物の片付けをしながら絶望していると、横から声をかけられた。



「弥夏、表情が終わってるぞ。」

「あ、すみません……テストと聞いて、つい。」

「テスト…?あぁ、実力テストか。誰かから聞いたのか?」

「先生が言ってましたよ。」

「………そうか。」



……あれー?遥翔様、先生の話聞いてなかったんですかぁ?

私に話聞けよってあんな強い圧かけてきたのに!!!

なんで遥翔様が聞いてないんですか!聞けよ!

ってツッコミは心のなかに閉じ込めておいて……。

あ、今は心の中聞いてないでほしいなぁ。



「帰ろう。迎えの車が来ている。弥夏もーー、」

「私は歩きですね。わかりました。」

「なんでだよ!」



急な大きな声に肩がビクッ!となる。

教室にいたほかの生徒さんたちも声にびっくりしてこっちを向いてる。



「ん"んっ……ごめん。弥夏も一緒に乗るんだよ。話は最後まで聞け。」

「す、すみません…」



遥翔様は思ったより大きな声が出て周りに注目されたことにいたたまれなくなったのか、荷物を持って教室を出ていってしまう。

慌てて追いかけて、横に並ぶ。

昇降口に降りると、広い入り口付近にたくさんの人がいた。

そこにいる人たちはスーツを着てある人がほとんどで、ピシッと姿勢が良い。

すご…っ?!

みんなこの学校にいる方の送迎係りなのかな?

この中を進むのかぁ、と少し気が引ける。



「弥夏、こっちだ。」

「……え?」



あれ、あっちじゃないのかな?正面玄関はあっちだけど……。

不思議に思いながらついていく。

外廊下に出て靴を履き、裏門から出ると、そこにはキラッと光る黒のセダン車が止まっていた。

運転席にはスーツをビシッと着こなした生真面目そうな人が座っていて、ちらっとこちらを見てからボタンを押してドアをあけてくれた。

遥翔様が先に乗って、乗っていいよと手招きされたので「失礼します」と、思ったよりもかすかすになった声で言いながら乗る。

シートベルトを締めると車が音もなく発車した。

高級車だからかエンジン音が静かで、さらに、誰も話さないからすごく気まずい空気の中、車は進んでいく。

車内に目上の人が2人いる状態ですごく緊張しながら前を見つめていると、すぐに3階建ての豪邸の屋根が見えてくる。

西郷家から城光中学校までは近いんだな。歩いても10分、15分くらいでついたし。

車が玄関の目の前に止まり、遥翔様がサッと降りて中に入っていこうとしている。

はやっ!どんだけ早く帰りたいんですか!!



「遥翔様、お荷物お持ちします。」

「大丈夫だ。」



断れた!……なんか、恥ず。

少し気まずいよぉとか思いながら、階段を上り、部屋の前まで来たところで遥翔様が振り返った。



「今日の仕事は後どれくらいで終わるか?」

「今日の分はもう終わっています。」

「そうか。なら、着替えたら俺の部屋来い。勉強するぞ。」

「……はい。」



それだけ言って遥翔様は自室に入った。

……勉強、やだなぁ。でもやらないと実力テストがすごい結果になっちゃうからな…。

それに遥翔様、有無を言わせぬ感じだったからするを得ない……嫌だぁぁ。


私は制服から仕事用の服に着替えて、今日もらったテスト対策用のプリントと筆記用具を持って遥翔様の部屋につながる扉をノックする。



「入ってもよろしいですか。」

「いいよ。」

「失礼します。」



そーっと扉を開けると、遥翔様は小机を出しているところだった。

私が勉強を教えてもらうためだけに小机を出してもらうなんてすごく申し訳ない…。



「わざわざすみません、ありがとうございます。」

「それより、そのプリントからやるつもりか?」

「え?そりゃ、テスト範囲のプリントですから……。」



どういうことだろう?

先生がテスト用に作ってくれたプリント解くのが1番良いと思うんだけど、違うのかな…?



「弥夏、お前、それ解けるのか?」

「え。」



「失礼な!解けますよ!!」って言いたいけど、解けないです…っ!

私の反応と表情で察したのか、もともと私の成績について知っていたからなのか、遥翔様は「わかってた」とでも言うような表情をして引き出しから分厚い紙束を取り出した。

あの紙束、厚さが5センチくらいある……。私はないだろうし、遥翔様がやるのかな?

じーっと見ていると、その分厚い紙束が私の目の前に出された。



「……え?」

「今日の9時までに終わらせてな。」



そう言ってにこっと笑う遥翔様の圧の強さ!

反射的に「はいっ」と背筋を伸ばした私に、再度笑顔の圧をかけた遥翔様は机の向かいに座った。



「弥夏も座っていいぞ。」

「ありがとうございます。」

「その冊子、五教科ごとの基礎の基礎の問題と応用の問題が乗っている。9時までにやって俺に見せろ。んで、全て解説付きだから明日までに全部理解してこい。明日の午前中にテストする。」

「わ、わかりましたっ!」



また反射的に返事しちゃったけど、今日の9時までに終わらせて明日までに理解してくるんですか?!この量を?!

え、少なくとも5センチはある分厚さですけど???

今日の勉強できる時間、晩御飯の時間をのけて、10時には寝たいから、あと4時間くらいしかないよ…?

それに、遥翔様、覚えるのは明日までって言ってたけど、問題集は9時までに解けって言ってたよね…?!

3時間で何問あるかもわからないこの問題集を終わらせろと?!

……いや、ぐちゃぐちゃ言っててもしょうがない!

一旦、わからないところを飛ばしながら一周解こう!!

私は覚悟を決めて問題集を開く。

文字がずらっと並んでるんだろうとビクビクしながら開けた問題集は、予想通り文字がたくさん。

見ただけでグラッとする……。

でもここで止まってたらなんにも進まないし時間までに終わらない!!とにかくやろう!

問題集の最初は数学の基礎問題。
簡単そうな式が紙の上から下まで並んでいる。

数学は得意だから頑張れる!!!

最初は勢いでいこうと、どんどん解いてく。

正負の問題から始まって、文字式、そして名前がわからないXを数字に変える式、その他の単元も、すごい数の問題が乗っていた。

頭を抱えながら、数学の基礎問題を一周する。

ふぅ、とりあえず一周終わったぁぁあ!!!

解いてるときは結構埋まってない印象だったけど、今見ると6割は埋まってる?

答えがあってるのかは別だけど、半分以上できてるのは結構うれしい!

次は応用問題だっけ…?基礎が半分できていればできるかな?

ページをめくった先にあったのは、文字や図が並んでいるカラフルなページ。

わぁ、すごい…! これ全部、問題と説明?すごくわかりやすそう!!



「弥夏、ちょっとまて。」

「…はい。」



どうしたんだろう?

声をかけた遥翔様は腰を浮かせて私が解いた数学の基礎問題のページを見る。

そして、なんとも言えないような顔をする。



「弥夏、この問題全部解いてからじゃないと、応用はできないと思うが……。」

「えっ、半分出来たじゃだめですか?!」

「さっき言っただろ、これは数学の『基礎の基礎』の問題だと。これが出来ずに応用できるやつは天才かネジが外れてるやつだ。」

「うぐ…。」



たしかに言ってたな、基礎の基礎の問題だって。



「先にこっちを丸付け、直しをして完璧にしてから、次に数学の応用問題をしてみろ。他の教科も同様で。」

「わかりました。やってみます!」



確かに、基礎の基礎の問題もわからずに応用できる人がいたら天才だ……。

私にはそんな天才の才能はないので地道に頑張ります…。

丸付けをして、解説を読みながら1問ずつ直していく。

全部直してから問題を見直してびっくりした。

ほとんどの問題を間違えてたけど、いまなら全部解ける気がする……っ!

解答解説が私でもわかるくらいわかりやすかったからだ……、作ってくれた方に感謝だ!

その後も集中して数学の応用問題、国語の基礎問題と解いていく。

応用問題は内容が難しいだけで、問題数はそれほど多くなく、ほぼ解説のページで、約1時間で数国理が終わった。

結構頑張ったんじゃない…?! 1時間、こんなに集中して勉強したの初めてだっ!

まだ問題は残ってるけど、今の時点でも達成感すごい!!嬉しい〜!

時計を確認したら6時の10分前。

社会の問題少しやろうかなと思ったところで遥翔様が顔を上げた。



「もう1時間たったのか。どこまで進んだ?」

「数学、国語、理科は終わりました。」

「…え、すごいな。結構な問題量あるのに加えてよく1時間も集中できたな。」

「はは……、頑張りました。」



褒めてるように聞こえますけど少し煽ってますよね、遥翔様?

たしかに1日30分しか勉強してないって言ったけど、1時間くらいなら私だって集中できますよ!!!バカにしないでください!



「なら、飯食った後の2時間も余裕だな。」

「え…。」



まさか、2時間ぶっ通しですか?

ぶっ通し……、2時間ぶっ通しは無理、です…。

ボディーガードになるために、瞬発力テストをしたんだけれど、そのテストが3時間続けてするやつで、1時間たったころから瞬発力が格段に下がったのはいつも同じだったんだよね。

私の集中力は1時間が限界らしいです……。



「そうか、1時間が限界なのか。」

「え。あ、心の声……。」

「そうだな…、ご褒美だと集中力に響かないか。なら無理やり集中させる…? てをとめたらお仕置き、とか?」

「え…、いやです。あっ、えと、遥翔様が言うのなら――、」

「さすがに冗談。ごめんごめん。」



じょ、冗談か…っ! すっごいびっくりしたぁ……。

ははっと笑って、「晩飯食いに行こう」と立ち上がった。

私も、返事をしながら立ち上がる。

食堂にむかいながら、さっきの遥翔様の冗談に、まだ心臓が冷えていた。

声色的に全然冗談に聞こえなかった。いつもなら大体見抜けるのに!

遥翔様ならしかねないイメージがあるからかな?

どうにしても冗談が冗談に聞こえない雰囲気で冗談を言う遥翔様が怖いってことは覚えた。

遥翔様の高度?な冗談も見抜けるようにならないとだな…。


1階に降りるとカレー特有の良い匂いが漂ってきた。



「すごい、美味しそうな匂いがしますね…!」

「ほんとだ。カレーか……。」



カレー…!大好きな料理!!そして私が唯一上手に作れる料理!

席につくと、予想通り、カレーが運ばれてきた。

湯気を立てて美味し匂いを香らせるカレーにお腹がなりそうになってきゅっと力を入れる。


座って待っていると、鷹正様と優理香様も来て「いただきます」と食べ始めた。

パクっと口に入れるとピリッと辛い濃厚な味が口の中に広がった。

ん…!美味しい〜!!

こんなに美味しい料理が作れるって、ここのシェフの人はすごいなぁ。

ぱくぱく口に運んでいたらいつの間にかお皿が空っぽになっていた。

あれ、もう全部食べてる…?!おかわり……は、できないか。私のお腹ももう入らなそうだし。

隣を見ると、遥翔様は半分食べ終わったところだった。

お皿を返して席に戻って来て再度、隣を見ると、さっき見た時よりかは進んでいるものの、まだまだお皿に残っている遥翔様。
その顔にはもう食べられないと書いてある。

遥翔様のコップのお水がなくなっていたから、注ぎながら遥翔様の顔を少し覗き込む。



「あの、遥翔様…?大丈夫ですか?」

「ん、大丈夫だ。……水、ありがとう。」



コップを受け取ってごくごく。

ぷはっと口を離したときにはまたコップが空になっていた。

すっごいたくさん水飲みますね…?!

コップにまた水を注ぎながらハッとする。

その、もしかしてなんですけど、



「辛いの、苦手なんですか?」

「は?」

「すみません、聞かなかったことに。」

「や、謝らなくていい。……辛いのが苦手なのは事実だから、な。」



あ、苦手って認めるんですね?!

恥ずかしそうに下を向く遥翔様を少し可愛いと思いかけて、やめた。

聞いた時に少しキレられたから言いたくないのかと思ったけど、そういうことではないらしい。



「正直に言うと、もう食べられないんだが……残したくないんだ。」

「そうなんですね。ーー良ければですが、食べましょうか?」

「……は? 食べる?弥夏が?」



…ヤバい、私、結構変なこと言ってるな?!

変なことと言うか普通に気持ち悪いこと言ったよね?!

今日色々ありすぎて疲れた?いや、だとしても、食べましょうかは気持ち悪いよ!!



「変なこと言ってすみません、お気になさらないでください!」

「いや気になるだろ。……でも、残すよりマシか。頼む…。あ、なんか感じても顔には出すなよ。」



遥翔様は、顔を少し赤らめながらすすっとカレーが入ってるお皿を私の前にスライドさせてきた。

え、残り食べることになった?!というか、遥翔様それで良いの?!なぜ?!

内心めちゃめちゃ困惑しながら、椅子に座り、お皿のカレーを口に入れる。

……あれ、さっきのより甘い?

あっ!顔に出すなっていうの、自分がみんなより甘いカレー食べてるのが恥ずかしいからですか?!

うーん、……残りを食べてもらってる方が恥ずかしいと思うのは私だけなのか…?

そんなことを思ってたら、机の下でゲシッと遥翔様に足を蹴られた。

やば、今の心の声聞かれてた?

な、なんでもないです……はは。

残りのカレーをパパっと食べて、食器を返し、遥翔様と自室に戻る。

この後は遥翔様のお風呂の時間だから、私は一人であの問題集の続きをしよう。

今日の9時までだから急がなきゃ。

残りの教科は社会と英語、かぁ。
苦手な教科トップ2が残っちゃったよぉ……。

でも、やらない限りは終わらないもんね。

……やるか。

覚悟を決めて椅子に座ってからあることに気づく。。

私、遥翔様の部屋に問題集とペン置きっぱなしだ!!

取りに行かないとだ……、スゴクキマズイ。

と思っていたところに、コンコンコン、と遥翔様側の扉がノックされた。

どうしたんだろう?

もしかして問題集を机に置きっぱなしだったから届けてくださるのかなぁ、なんて。
流石にないかっ!



「弥夏、問題集とペン。」



流石にあった!

………え?!本当に届けてくださった?!

いくら心が読めてもタイミングが良すぎじゃないですか?!すご!



「すみません、ありがとうございます…っ!」

「うん。 俺が風呂は言ってる間もちゃんとやっといてな。」



圧もなく微笑えみ、優しい先生のような声色で言われる。

いや、その優しい声の裏から「ちゃんとやらないと欠点確定だぞ。欠点取ったらどうなるか分かるよな。」って聞こえてくるような気がするんですけど気の所為ですか…っ?

もしそうなら、優しい声色の裏の圧がすごいです、遥翔様……、怖いよ!!

怖いよぉと思いながら問題集とペン、筆箱を受け取ると、遥翔様にじっと見つめられた。

ん…?どうしたんだろ…?


「ーーそんなこと、思っていない。」


……どういうことだ?

そんなこと思ってない……そんなこと?


「弥夏は、俺がそんな怖い人に見えるか。」


ガチャ。

はじめの言葉の意味がわからなかった私は、今の言葉を聞いて、あっ!となる。

そんなことって、私が、裏では多分こう思ってるんだろうなって想像した、あれか!

それで遥翔様、自分は私にとって怖い存在なんだって落ち込んでる…?

いやいや、そんなことない!!むしろ優しい人だって思ってるよ?!

遥翔様が廊下に出た音がしたから、廊下側の扉を開けると、着替えを持った遥翔様が立っている。

私は遥翔様に向けてバッと頭を下げる。



「先ほどは失礼なこと考えてすみませんでした…っ!たしかに、遥翔様は怖いところもありますがーー、」

「あ?」


上から聞こえた重低音。

やば、怖いって言ったのが間違いだった?!

「ちがいますっ!」と顔を上げたときには、遥翔様は既に階段を下りているところだった。