ドス黒いオーラを放った遥翔様がにこぉっと笑いながら来たあのあと、昼休みに3人で話そうということになった。
話そうと決まった後の昼休みまでの2時間。授業中に当てられることはなくよかったものの、先生が何を言っているのかまったくわからない。
そして隣でさわやかに授業を受けながら静かに圧を送ってくる遥翔様。
まさに地獄のような2時間だった……。
そして来たる昼休み。ここは私立の中学校だから給食がない。そのかわり、お弁当や食堂がある。
遥翔様と氷くんは友達と、私はクラスの女子たちに混ぜてもらって食堂のご飯を食べた。
私は比較的サッと食べられるうどんを頼んで、この後用事があるからと先に食堂から出てきた。
食堂出る時に見たら、氷くんはいたけど遥翔様の姿は見えなかった。
先に行ったのかなとか思いながら歩いていると「弥夏ちゃん!」と後ろから呼ばれた。振り返ると氷くんが駆け足気味にこっちに来てた。
「氷くん!」
「ちょうど食堂出てくの見えたから追いかけてきた!遥翔さ、どこで話すとか言ってた?」
「いや、昼休みにとしか言ってなかったよ? ……氷くん、昼休みって、」
はっとして氷くんの方を見ると、氷くんもあっと思い出したようにこっちを見た。
「そうだ、昼休みが危ないって…」
ブーッブーッブーッ
腕につけていたスマートウォッチが震えて画面が赤く光った。
っ!!!遥翔様が危険な状態に…っ!
「弥夏ちゃん、それ…」
「氷くん!敦賀先生に応援を頼んで!!!私、先に行く!!」
ダッと走り出す。
「わかった!」と職員室に走り出す氷くんの足音を背中に聞きながら、階段を駆け上がる。
駆け上がった先は2階、目の前には空き教室が3つほど並んでいる。
反対側を見ると、同級生のいる教室から、数人が顔を出している。
やっぱり、ここで何か起きてる……。 どこの教室だろうと、1番手前の教室のドアに手をかけた。
「やめろ!!!」
1番奥の、非常階段に近い教室。
ドガッという鈍い音とともに遥翔様の叫び声が聞こえた。
「遥翔様ッ!」
声が聞こえた教室に飛び込むと、遥翔様と背の高い男子が取っ組み合いをしていた。
背の高い男子の手にはナイフ。そして、光の入っていない目で遥翔様の首を見つめている。
ナイフ…っ、危ない…。この美貌に、この目の感じは……、葛川くん?
サッと遥翔様と葛川くんの間に入って葛川くんとの間合いをとる。
後ろにいる遥翔様は、怪我はしてないが肩で息をしている。
少しでも遅れていれば、遥翔様は大怪我をしていたかも知れない。いや、大怪我どころじゃ済まないかも。
くそっ……私が離れずにいればこんなことにはならなかった。
今まで学校での任務はしたことなかったから油断した……。って、反省は後で。今はこの状況を何とかしないと。
相手の葛川くんは短いナイフを持っているのに対して、私は素手。しかも、体格差がある。
パッと見る限り、20センチは相手の方が身長が高い。
1人なら上手くかわせるかもしれないけど、遥翔様が後ろにいる。
私達の後ろが廊下だと良かったんだけど、あいにく、廊下に繋がる扉は向こう側だ。どうすれば……。
あ、ベランダ、隣の教室に繋がってる、よね?
私は相手を刺激しないように、前を向いたまま小声で話しかける。
「遥翔様、ベランダから、逃げられますか?」
「いや、ここだけ隣につながっていない。」
……は!?なんでここだけ!!相手に都合が良すぎませんか!?
遥翔様と会話をしたからか、葛川くんが間合いを詰めてきた。
もう、いつ飛びかかられるかわからないという距離まで来ている。
動けないでいると、ふと、氷くんが廊下にいるのが目に入った。
氷くんは私が自分に気づいたがわかると、何かが書かれた紙を開いた。
そこには「非常階段の下に先生待機中」と書かれている。
そうだ、ここからなら非常階段に飛び降りて下まで降りられる…!
遥翔様も氷くんに気がついたようで、小さく「は?」と聞こえた。
階段は段差もあるし、飛び降りるのは危険だけど、遥翔様なら大丈夫だと信じよう。
問題はタイミング。私と遥翔様の動くタイミングがズレると、最悪、階段を降りてる途中で葛川くんに追いつかれる。
どうやって伝えよう…、あっ、遥翔様の能力!!
その人のことを考えてたりしたら、心の声が聞こえるんだよね?
遥翔様、今、私の心の声聞こえているのかな…。聞こえてたら、返事か何か、してください…っ!
「……。」
無反応!?聞こえてないですかぁ!!!
それもそうか…、今はどちらかというと私より敵である葛川くんの事考えてるよね。
他に方法は…、
「んんっ」
あれ、遥翔様が咳払い?今?
……もしかして、さっきの聞こえてました…? 聞こえてたら同じように咳払いしてくださいっ!!
「ん”んっ」
き、きたぁぁ!!!!!
遥翔様、私が命令をする感じになっていて申し訳ないですが、ベランダから横の非常階段に飛び降りて、1階まで降りてください。そこに敦賀先生がいるはずです。 敦賀先生にはすでに氷くんが事情を伝えてくれています。
氷くんと敦賀先生が私達の仲間だということは確認済みですので、ご安心ください。
一気に頭の中で説明する。氷くんのことは氷くんから遥翔様にも教えるなと言われているから言うことはできないから、そこは最低限の情報だけ。
私が遥翔様の名前を呼ぶので、その瞬間にベランダに出て降りてもらえますか?
「んっ。」
おっけい! あとはタイミングを…
「おい。」
突然、葛川くんが重低音を発した。
その冷たく重い声に鳥肌が一気に立つ。
「さっきからお前、変に咳してるよな。誰かに合図か?」
葛川くんが一歩近づいてくる。同時に私達も一歩後ろに下がる。
「なぁ、どうなんだよ。」
さらに一歩近づいてくる葛川くん。ジリジリと壁に追いやられている状態。結構まずい。
何も言わない私達に、葛川くんはイラついたのか、腕の血管が浮き出ている。
「何も言わないのかよ。なら、」
葛川くんが一歩下がった。と思った瞬間にガッとナイフを振り上げて襲いかかってきた。
「黙ったまま死ね!!!!!」
「遥翔様!!!」
葛川くんの叫び声と私の絶叫が重なる。
私の背後からベランダへと飛び出していく遥翔様。
そこに瞬時に飛びかかろうとする葛川くんを間一髪で止める。
遥翔様がベランダの塀に登って、飛び降りようとしている。だが、やはり怖いのだろう、なかなか降りない。
葛川くんを抑えている私の腕は、鍛えているであろう中学生男子に徐々に押されている。
遥翔様は、まだ柵の上。その時、遥翔様の驚いたような声がした。
「氷?!」
その声が聞こえた瞬間に遥翔様は柵を降りた。
え?!なにがあった!?
私が少し遥翔様の方に気を逸らした瞬間に、葛川くんのナイフを持つ手が首元に来る。
「っ、あぶな…っ!」
またもや間一髪で止めるが、今度は本当に危なかった。
葛川くんの腕を跳ね返して後ろの窓縁に足をかけて高く跳ね、葛川くんの横の広い空間に移動する。
再び、葛川くんが襲いかかってくる。
でも、今度はちゃんと間合いがあって余裕がある。
うん、制圧できる!
葛川くんを見ていると、さっきから喉ばかりを狙っている。
葛川くんが攻めてきているのを利用しようと頭をフル回転させていると、突然、葛川くんが目の前で姿勢を低くした。
来る……っ
戦闘態勢の葛川くんにこちらも身を構えると、葛川くんが飛んだ。
「……っえ、飛んだ?!」
負けじと真上を飛ぶ葛川くんに手を伸ばすが、ジャンプしてもギリギリ届かない高さ。
もう少し私の背が高ければ……っ!!
自分の身長を憎みながらも、葛川くんを見るとベランダの柵を超えて非常階段に飛び降りたところだった。
慌てて追いかけるが、彼はすでにすごいスピードで階段を駆け下りていた。
階段を下りたところには先に降りた遥翔様と敦賀先生が話している。
このまま葛川くんが降りていったら、私が追いつくのは多分無理。でも追いかけなかったら遥翔様が…っ!
ベランダから非常階段を見ると遥翔様めがけて突進する葛川くんの姿が目に映る。
私が走って階段を降りてたら間に合わない…!!
こういうことはなるべくしたくないけど、仕方がない……。
私は、ベランダの柵に足をかけた。
命を落とすような真似はやめろって父さんに言われてるけど、今は緊急事態だから教えを無視します!ごめんなさい!!!
柵を蹴って非常階段の手すりを滑り降りて、思いっきり遥翔様のいる方向に思いっきりジャンプする。
葛川くんが遥翔様に手をかけようとしているところが目の端に見えてヒヤッとするけど、もう、遥翔様に触れさせない!
ドサッ
音とともに砂埃が舞う。
私は、遥翔様が無事かどうかを動かずに確かめる。
何が起きたかわからないという顔はしているけど、大丈夫、ご無事だ…っ!
よかったぁぁ!!!
私は葛川くんの手を後ろにしながら、困惑している遥翔様に安心してもらえるように笑いかける。
「遥翔様、ご無事で何よりです!」
