修学旅行から一ヶ月が経った私たちは今日、受験に向けて教室で勉強していた。
教室には珍しく私たち2人以外はいなかった。
「そういえば陽人君ってどこ受験する予定なの?」
そう私が聞くと陽人君は少し真剣な顔をした。
「実は花凛に話してないことがあってさ。」
「えっ、うん。何?」
なんだか嫌な胸騒ぎがした。
「実は僕余命宣告されててさ。高校に進学する前にもう死ぬかもしれない。」
思ってもいなかった告白に言葉が出なかった。
「ごめんね。急にこんなこと言って。実は心臓に疾患があって!それでこれまで何回も転校して。」
私は始業式の日、少し耳に挟んだ話を思い出した。あの話は本当だったんだ。私は黙って話を聞いた。
「もうどうやっても治らないみたい。それで明日から入院するんだ。」
私の堪えていた涙はついに流れた。
「やだよ、やだよ。なんで...。」
声が震え、嗚咽を漏らしながら私は涙を流した。涙が頬を伝って落ちてくる、けど止まらない。私は現実を受け入れたくない。どうすることもできない私はただ泣くことしかできなかった。
前から陽人君が優しく私を抱けしめた。
「僕だって病気なんかならずにずっと花凛と一緒にいたいよ。」
少し鼻をすすりながら陽人君はそう言った。分かってる。一番辛いのは陽人君や陽人君のお父さんやお母さんだって。でも...私だって辛いよ。
私も陽人君を抱きしめ返した。
長い時間が経った。私は涙を手で拭いながら陽人君を見た。
「私さ、陽人君と出会って初めてほんとに好きって思える人ができたの。だからさ私と残りの時間、少しでも一緒に過ごしてくれない?」
すこしでも笑顔を、と思い柔らかい笑顔で聞いた。
「うん。いっぱい病院来て下さい。」
お互いに微笑みあった。
「じゃあこんなことしてる場合じゃないね。さあ早く帰ろ。」
うん、と陽人君が言った。私にはなにができるんだろう、少しでも陽人君のためになることをしたい。
学校からの帰り道。もしかしたら陽人君にとっては最後なのかもしれない。そんなことを考えていると胸が痛くなる。
たわいもない話をしながら私たちは家に帰った。
次の日、いつも通り学校に行くと陽人君は来ていなかった。
「永谷君は病気で入院することになりました。」
HRで先生はそれ以外何も言わなかった。
「ねえ、花凛。陽人君入院したってしってたの?」
菜々が少し不安そうな顔をしていた。
「うん。昨日聞いた。」
「そうだったんだ。大丈夫かな。」
昨日言ってた話はまだ話して良いか分からず、とりあえず黙ってることにした。
「多分大丈夫だと思うよ。」
そうだよね、と言い話題が変わった。
授業中、私は陽人君のことが心配であまり授業に集中できなかった。
帰り道、自転車を飛ばして陽人君のいる病院へ向かった。
看護師さんに教えてもらい病室に入ると、陽人君は一人でスマホを触っていた。周りには沢山の点滴があり、少し辛くなった。
部屋を進んでいると私に気付いたみたいで、手を振ってくれた。
「陽人君、元気?」
「うん。まあまあかな。今日学校どうだった?」
陽人君はいつも通りを装って話していたけど、どこかしんどそうだった。
「うーん。陽人君がいなかったから寂しかったよ。」
私は正直に答えた。
「僕もここで花凛がいなかったから寂しかったよ。」
「一緒じゃん。」
そう言って、顔を見合わせ笑い合った。
その後、私は今日学校での出来事を話していた。今日は先生の機嫌が悪かったこと、消しゴムを忘れたこと、菜々と松本君が相変わらずラブラブなこと。そんな話をしていると扉から陽人君のお母さんらしき人が入ってきた。
優しそうな顔をしているけれど、どこか疲れたような表情をしていた。着ているスーツの裾が少しよつれていた。多分陽人君のことで手がいっぱいなんだろう。そんな姿を見ると、胸が痛くなった。
「あ、もしかして陽人に聞いてた花凛ちゃん?」
「えっ、あっそうです。こんにちは?」
そう言って私は陽人君の方をチラリと見た。陽人君はニコニコしていた。
「いつも仲良くしてくれてありがとう。こんな状態だけどこれからも仲良くしてあげてくれる?」
「はい、もちろんです。じゃあ今日は帰ります。」
さすがに陽人君と陽人君のお母さんと3人は少しおかしい気がするから。
「そんな遠慮とかしなくていいからね。」
そう陽人君のお母さんは言ったけれど、私は大丈夫です、と言い病室を出た。
次の日から、塾で行けない日以外、毎日陽人君に会いに行った。学校のことを話したり、次遊びに行くところに話したり、そんなたわいもない会話をしていた。陽人君のお母さんやお父さんとも会う機会が増え、徐々にお互い打ち解けていくようになった。どうやら陽人と私が付き合ってることを知ってるらしい。私は恥ずかしくてお母さんに言えてないのに。
今日は陽人君の外出許可が出た。本当は家族と過ごすはずなのに、陽人君のお母さんやお父さんに押され、私たちは映画に行くことになった。
病院から駅までは陽人君のお父さんが送ってくれ、そこからは電車で行くことになった。
前みたいには歩けず、少しゆっくりだった。
「ごめんね。早く歩けなくてさ。」
陽人は電車の中でそう言った。
「ううん。そんなこと考えなくていいからさ。」
「ありがとう。」
映画館の最寄りまでは5分で着いた。
「よし、じゃあ降りよっか。」
私は陽人君の手を取り、ゆっくりと一緒に降りた。陽人君が歩く速度に合わせ、私もゆっくり歩く。
映画館に着き、見る予定だった映画のチケットを取り、一番大きいキャラメルポップコーンを買った。
「ポップコーン食べれる?」
陽人君の体調が心配だけど、陽人君は軽く頷いて笑った。
「大丈夫。少しずつ食べるから。」
少し不安な思いがまたあったけれど、私たちは上映室に入った。
私たちが見た映画は、余命宣告された彼女と、その彼氏が彼女のしたいことを全力で支える物語だった。最後に彼女は幸せな顔をして、それへと飛び立った。
私は途中で涙が出てきた時、陽人君は優しく私の手を握ってくれた。
私は彼女と彼氏の姿が、私たちと重なっているようで、胸が苦しくなった。
それと同時に決意もした。陽人君がしたいことを私は全力で支えると。
映画が終わり、目が赤くなったまま私たちは近くのショッピングモールセンターに寄った。
陽人君と少し別れ、可愛い雑貨屋に入った。そこにはたくさんのキーホルダーや人形などが置いてあった。私は陽人君とお揃いのものが欲しいと思い、可愛いクマのキーホルダーを2つ買った。
陽人君の元に戻り、少しニヤニヤしながら陽人君にキーホルダーを渡した。
「え、これ花凛が買ってくれたの!ありがとう。これ可愛すぎるなー。」
陽人君は欲しかったおもちゃを買ってもらった子供みたいに喜んでくれた。
「よかったー気に入ってもらえて。私とおそろだよ。」
「まじかー!そんな僕も実は花凛とおそろのものを買いました!でもそれはもうちょっとあとでね。」
「分かった。楽しみにしてるね。この後はどこ行く?」
陽人君は笑顔でこう言った。
「公園!」
「えっ、公園?」
思ってもいなかった場所に、私は少し驚いた。
「そう、久しぶりに行きたいなって思ってさ。」
「陽人君が行きたいなら公園行こっか。」
「うん。ありがとう。」
陽人君は私の手を取って歩き始めた。
この時の私は何も知らなかった......これが最後になるなんて。
公園に着いた時には、太陽が沈みかけ、赤い夕焼けが広がっていた。
私たちはベンチに座った。陽人君は鞄に手を突っ込み、ゴソゴソと何かを取り出した。
「はい、これ。」
そう言って渡したのは...指輪だった。想像していた物とは程遠く驚いた。
「急に渡したら驚くと思うんだけど、どうしても渡したくて。」
陽人君の気持ちが、ただ嬉しかった。
「ありがとう。とっても嬉しい。ほんとにありがとう。右薬だったよね。」
「よかった。そう。」
陽人君は指輪を私の薬指にはめてくれた。ピッタリ。嬉しくて顔が赤くなった。私も陽人君の指輪を薬指にはめた。
「私とこれからもよろしくね。」
そういい、私は陽人君に抱きついた。陽人君の鼓動が私にも伝わってきた気がする。
夕焼けの赤い光が、私たちを優しく包み込んだ。
陽人君が少し顔を近づけて、私の目をじっと見つめた。
「花凛、好きだよ。」
その言葉に私は、胸がいっぱいになった。私たちは互いに身を寄せ、唇を重ねた。
長いのか短いのか私には分からなかった。ただ幸せな時間であったことは間違いない。
「私も大好きだよ。」
そう言って、私たちはまた静かにキスをした。多分、夕陽に照らされて顔が赤くなっていたのだと思う。
長いキスが終わり、お互い顔を見合わせ恥ずかしそうに笑い合った。
「じゃあ帰ろっか。」
「うん。」
また私たちは笑い合った。
夕陽に照らされながら、歩く2人は、世界で誰よりも一番幸せなんだろう。
病院に着き、さよならをした後、私は幸せな気持ちで家に帰った。
次の日と朝、いつも通りお母さんに起こされ、のんびりとテレビを見ながら朝食を食べていた。
すると、ふいにスマホに電話が来た。みると、陽人君のお母さんからだった。陽人君のお母さんに何かあったら、と言われ交換していた。ぼんやりとしていたが急に目が覚めた気がした。
「もしもし。」
「あ、花凛ちゃんね。」
少し焦った声で話し始めた。
「実は、陽人の具合が少し良くなくてね。もしかしたらもう、ね。」
「えっ。」
体を突き飛ばされたような気持ちになった。思考が追いつかなかった。
「だから、病院に来てもらえるかな?」
陽人君のお母さんの声でハッとした。
「分かりました。すぐに行きます。」
食べていたパンを口に詰め込み、お母さんに欠席連絡を入れてもらうよう伝えると、私は病院へと向かった。どういうこと、お母さんがそう言ってたような気がするけど振り切ってきた。
病室に入ると、冷たすぎる空気が広がっていた。その中で、陽人君のお父さんとお母さんが陽人君の左手を握っていた。
「花凛ちゃん...。」、
陽人君のお母さんが、目を赤くして私に気づいて声をかけてくれた。お父さんは黙って陽人君を見つめていた。
私は、陽人君のベッドに行き、右手を握った。まだ温かった。薬指には指輪をつけていた。
「なんで...。昨日指輪くれたのに。」
ふいに涙が出てきた。まだ泣いたらダメだって分かってるのに。
陽人君の顔はいつも通り穏やかだった。陽人君が、笑顔で優しく手を握ってくれたことが遠い記憶のように感じられた。
「陽人君...。起きてよ...。」
まるで魔法がかかったように陽人君の目が開いた。
陽人、そうお母さんとお父さんがイスから立ち上がった。
「ありがとう。」
陽人君は優しく微笑み、今までに聞いたこともないくらい弱々しい声で言った。そう言ってまた陽人君は眠った。
それと同時に、心電図モニターが激しい音を鳴らした。
扉が開き、お医者さんと看護師さんが入ってきた。お医者さんは、陽人君の脈を確認し、瞳孔に光を当てた後、ご臨終です、と静かに述べた。
陽人君のお母さんは、嗚咽を漏らしながら泣き出し、お父さんはお母さんを支え、私はただ静かに涙を流していた。
みんなが泣き止んだ後、陽人君のお父さんが鞄から封筒を取り出し、ゆっくりと立ち上がり、私に近づいてきた。
「花凛ちゃん、ありがとう。花凛ちゃんのおかげで陽人の短い人生は楽しかったと思う。これは陽人が亡くなったら渡してって言われてたから。」
私はただ頷き、封筒を受け取った。
私は静かに病室を出て、昨日行った公園へと向かった。
昨日一緒に座ったベンチに座ると、なぜか隣に陽人君がいるような気持ちになり、また涙が出てきた。
封筒を開けると手紙が入っていた。
「花凛へ
この手紙を読んでるってことは僕はもうこの世にいないんだろうね。
でも花凛にどうしても伝えたいことがあったからこの手紙を書きました。
まず、花凛ほんとにありがとう。
花凛と出会えて、僕は本当に幸せでした。
花凛と過ごした日々は、どんなに短くても、僕の人生で一番輝いていた瞬間でした。 でも、これだけはお願いしたい。 花凛の人生を、僕のために生きてほしくない。 花凛には花凛だけの未来があるから。
だから、もし僕がいなくなった後に、誰か他の人を好きになったら、その人と心から幸せになってほしい。
僕のことなんて忘れてもいい。
花凛が笑顔でいられることを僕は一番に望むから。
最後に、花凛、ありがとう。 あなたと出会えて本当に良かったです。 幸せでいてね。
陽人より」
なにこれ、私は小さく呟いた。忘れるわけないじゃん。陽人君と過ごした宝物のような日々を。だから私もこれだけはと思い、空に向かって伝える。
「絶対忘れないよ。だからお互い元気に生きようね。」
涙を拭き、私は公園を出た。陽人君はいつでも心の中にいる。だから、私は今日も元気に生きる。
卒業式
式が終わり、クラスのみんなと写真を撮るのも終わり、教室には私以外誰もいなかった。
綺麗な白い花が置かれた陽人君の机に私は目を向ける。心の中で陽人君に話しかける。
「陽人君、私たちはもう中学校を卒業したんだよ。元気してる?私はさ、絶対に陽人君と過ごした日々を忘れないよ。一生懸命、一緒に練習した部活、綱引きをした体育祭、文化祭で2人で分けたポテト、一緒に回ったお寺や水族館、USJ、そして陽人君が告白してくれた大阪、病院での会話、映画デート、その後の指輪とキス。私は陽人君のおかげで世界がもっと明るくなった気がするの。陽人君と出会ってなかったら私今頃何してるんだろな。」
少しずつ頭の中に浮かんでくる出来事。まだ陽人君と話したいことがある。だから涙を堪えた。
「私はさ、絶対に陽人君の分までしっかり生きるからね。だから空の上でずっと待っててくれるよね。私、花凛は陽人君のことがやっぱり大好きです。」
ポロポロと涙が落ちてきた。
こんなにも大好きな陽人君がいなくなるなんて...。陽人君の顔が頭の中に映るたびに、涙が出てくる。
それでも私は前を向いて歩かなければいけない。陽人君の分まで。
だから生きる。
ありがとう、陽人君。そしてまた会う日まで。
陽人君がいなくなっても、それでも私はやっぱり君が好きだ。
教室には珍しく私たち2人以外はいなかった。
「そういえば陽人君ってどこ受験する予定なの?」
そう私が聞くと陽人君は少し真剣な顔をした。
「実は花凛に話してないことがあってさ。」
「えっ、うん。何?」
なんだか嫌な胸騒ぎがした。
「実は僕余命宣告されててさ。高校に進学する前にもう死ぬかもしれない。」
思ってもいなかった告白に言葉が出なかった。
「ごめんね。急にこんなこと言って。実は心臓に疾患があって!それでこれまで何回も転校して。」
私は始業式の日、少し耳に挟んだ話を思い出した。あの話は本当だったんだ。私は黙って話を聞いた。
「もうどうやっても治らないみたい。それで明日から入院するんだ。」
私の堪えていた涙はついに流れた。
「やだよ、やだよ。なんで...。」
声が震え、嗚咽を漏らしながら私は涙を流した。涙が頬を伝って落ちてくる、けど止まらない。私は現実を受け入れたくない。どうすることもできない私はただ泣くことしかできなかった。
前から陽人君が優しく私を抱けしめた。
「僕だって病気なんかならずにずっと花凛と一緒にいたいよ。」
少し鼻をすすりながら陽人君はそう言った。分かってる。一番辛いのは陽人君や陽人君のお父さんやお母さんだって。でも...私だって辛いよ。
私も陽人君を抱きしめ返した。
長い時間が経った。私は涙を手で拭いながら陽人君を見た。
「私さ、陽人君と出会って初めてほんとに好きって思える人ができたの。だからさ私と残りの時間、少しでも一緒に過ごしてくれない?」
すこしでも笑顔を、と思い柔らかい笑顔で聞いた。
「うん。いっぱい病院来て下さい。」
お互いに微笑みあった。
「じゃあこんなことしてる場合じゃないね。さあ早く帰ろ。」
うん、と陽人君が言った。私にはなにができるんだろう、少しでも陽人君のためになることをしたい。
学校からの帰り道。もしかしたら陽人君にとっては最後なのかもしれない。そんなことを考えていると胸が痛くなる。
たわいもない話をしながら私たちは家に帰った。
次の日、いつも通り学校に行くと陽人君は来ていなかった。
「永谷君は病気で入院することになりました。」
HRで先生はそれ以外何も言わなかった。
「ねえ、花凛。陽人君入院したってしってたの?」
菜々が少し不安そうな顔をしていた。
「うん。昨日聞いた。」
「そうだったんだ。大丈夫かな。」
昨日言ってた話はまだ話して良いか分からず、とりあえず黙ってることにした。
「多分大丈夫だと思うよ。」
そうだよね、と言い話題が変わった。
授業中、私は陽人君のことが心配であまり授業に集中できなかった。
帰り道、自転車を飛ばして陽人君のいる病院へ向かった。
看護師さんに教えてもらい病室に入ると、陽人君は一人でスマホを触っていた。周りには沢山の点滴があり、少し辛くなった。
部屋を進んでいると私に気付いたみたいで、手を振ってくれた。
「陽人君、元気?」
「うん。まあまあかな。今日学校どうだった?」
陽人君はいつも通りを装って話していたけど、どこかしんどそうだった。
「うーん。陽人君がいなかったから寂しかったよ。」
私は正直に答えた。
「僕もここで花凛がいなかったから寂しかったよ。」
「一緒じゃん。」
そう言って、顔を見合わせ笑い合った。
その後、私は今日学校での出来事を話していた。今日は先生の機嫌が悪かったこと、消しゴムを忘れたこと、菜々と松本君が相変わらずラブラブなこと。そんな話をしていると扉から陽人君のお母さんらしき人が入ってきた。
優しそうな顔をしているけれど、どこか疲れたような表情をしていた。着ているスーツの裾が少しよつれていた。多分陽人君のことで手がいっぱいなんだろう。そんな姿を見ると、胸が痛くなった。
「あ、もしかして陽人に聞いてた花凛ちゃん?」
「えっ、あっそうです。こんにちは?」
そう言って私は陽人君の方をチラリと見た。陽人君はニコニコしていた。
「いつも仲良くしてくれてありがとう。こんな状態だけどこれからも仲良くしてあげてくれる?」
「はい、もちろんです。じゃあ今日は帰ります。」
さすがに陽人君と陽人君のお母さんと3人は少しおかしい気がするから。
「そんな遠慮とかしなくていいからね。」
そう陽人君のお母さんは言ったけれど、私は大丈夫です、と言い病室を出た。
次の日から、塾で行けない日以外、毎日陽人君に会いに行った。学校のことを話したり、次遊びに行くところに話したり、そんなたわいもない会話をしていた。陽人君のお母さんやお父さんとも会う機会が増え、徐々にお互い打ち解けていくようになった。どうやら陽人と私が付き合ってることを知ってるらしい。私は恥ずかしくてお母さんに言えてないのに。
今日は陽人君の外出許可が出た。本当は家族と過ごすはずなのに、陽人君のお母さんやお父さんに押され、私たちは映画に行くことになった。
病院から駅までは陽人君のお父さんが送ってくれ、そこからは電車で行くことになった。
前みたいには歩けず、少しゆっくりだった。
「ごめんね。早く歩けなくてさ。」
陽人は電車の中でそう言った。
「ううん。そんなこと考えなくていいからさ。」
「ありがとう。」
映画館の最寄りまでは5分で着いた。
「よし、じゃあ降りよっか。」
私は陽人君の手を取り、ゆっくりと一緒に降りた。陽人君が歩く速度に合わせ、私もゆっくり歩く。
映画館に着き、見る予定だった映画のチケットを取り、一番大きいキャラメルポップコーンを買った。
「ポップコーン食べれる?」
陽人君の体調が心配だけど、陽人君は軽く頷いて笑った。
「大丈夫。少しずつ食べるから。」
少し不安な思いがまたあったけれど、私たちは上映室に入った。
私たちが見た映画は、余命宣告された彼女と、その彼氏が彼女のしたいことを全力で支える物語だった。最後に彼女は幸せな顔をして、それへと飛び立った。
私は途中で涙が出てきた時、陽人君は優しく私の手を握ってくれた。
私は彼女と彼氏の姿が、私たちと重なっているようで、胸が苦しくなった。
それと同時に決意もした。陽人君がしたいことを私は全力で支えると。
映画が終わり、目が赤くなったまま私たちは近くのショッピングモールセンターに寄った。
陽人君と少し別れ、可愛い雑貨屋に入った。そこにはたくさんのキーホルダーや人形などが置いてあった。私は陽人君とお揃いのものが欲しいと思い、可愛いクマのキーホルダーを2つ買った。
陽人君の元に戻り、少しニヤニヤしながら陽人君にキーホルダーを渡した。
「え、これ花凛が買ってくれたの!ありがとう。これ可愛すぎるなー。」
陽人君は欲しかったおもちゃを買ってもらった子供みたいに喜んでくれた。
「よかったー気に入ってもらえて。私とおそろだよ。」
「まじかー!そんな僕も実は花凛とおそろのものを買いました!でもそれはもうちょっとあとでね。」
「分かった。楽しみにしてるね。この後はどこ行く?」
陽人君は笑顔でこう言った。
「公園!」
「えっ、公園?」
思ってもいなかった場所に、私は少し驚いた。
「そう、久しぶりに行きたいなって思ってさ。」
「陽人君が行きたいなら公園行こっか。」
「うん。ありがとう。」
陽人君は私の手を取って歩き始めた。
この時の私は何も知らなかった......これが最後になるなんて。
公園に着いた時には、太陽が沈みかけ、赤い夕焼けが広がっていた。
私たちはベンチに座った。陽人君は鞄に手を突っ込み、ゴソゴソと何かを取り出した。
「はい、これ。」
そう言って渡したのは...指輪だった。想像していた物とは程遠く驚いた。
「急に渡したら驚くと思うんだけど、どうしても渡したくて。」
陽人君の気持ちが、ただ嬉しかった。
「ありがとう。とっても嬉しい。ほんとにありがとう。右薬だったよね。」
「よかった。そう。」
陽人君は指輪を私の薬指にはめてくれた。ピッタリ。嬉しくて顔が赤くなった。私も陽人君の指輪を薬指にはめた。
「私とこれからもよろしくね。」
そういい、私は陽人君に抱きついた。陽人君の鼓動が私にも伝わってきた気がする。
夕焼けの赤い光が、私たちを優しく包み込んだ。
陽人君が少し顔を近づけて、私の目をじっと見つめた。
「花凛、好きだよ。」
その言葉に私は、胸がいっぱいになった。私たちは互いに身を寄せ、唇を重ねた。
長いのか短いのか私には分からなかった。ただ幸せな時間であったことは間違いない。
「私も大好きだよ。」
そう言って、私たちはまた静かにキスをした。多分、夕陽に照らされて顔が赤くなっていたのだと思う。
長いキスが終わり、お互い顔を見合わせ恥ずかしそうに笑い合った。
「じゃあ帰ろっか。」
「うん。」
また私たちは笑い合った。
夕陽に照らされながら、歩く2人は、世界で誰よりも一番幸せなんだろう。
病院に着き、さよならをした後、私は幸せな気持ちで家に帰った。
次の日と朝、いつも通りお母さんに起こされ、のんびりとテレビを見ながら朝食を食べていた。
すると、ふいにスマホに電話が来た。みると、陽人君のお母さんからだった。陽人君のお母さんに何かあったら、と言われ交換していた。ぼんやりとしていたが急に目が覚めた気がした。
「もしもし。」
「あ、花凛ちゃんね。」
少し焦った声で話し始めた。
「実は、陽人の具合が少し良くなくてね。もしかしたらもう、ね。」
「えっ。」
体を突き飛ばされたような気持ちになった。思考が追いつかなかった。
「だから、病院に来てもらえるかな?」
陽人君のお母さんの声でハッとした。
「分かりました。すぐに行きます。」
食べていたパンを口に詰め込み、お母さんに欠席連絡を入れてもらうよう伝えると、私は病院へと向かった。どういうこと、お母さんがそう言ってたような気がするけど振り切ってきた。
病室に入ると、冷たすぎる空気が広がっていた。その中で、陽人君のお父さんとお母さんが陽人君の左手を握っていた。
「花凛ちゃん...。」、
陽人君のお母さんが、目を赤くして私に気づいて声をかけてくれた。お父さんは黙って陽人君を見つめていた。
私は、陽人君のベッドに行き、右手を握った。まだ温かった。薬指には指輪をつけていた。
「なんで...。昨日指輪くれたのに。」
ふいに涙が出てきた。まだ泣いたらダメだって分かってるのに。
陽人君の顔はいつも通り穏やかだった。陽人君が、笑顔で優しく手を握ってくれたことが遠い記憶のように感じられた。
「陽人君...。起きてよ...。」
まるで魔法がかかったように陽人君の目が開いた。
陽人、そうお母さんとお父さんがイスから立ち上がった。
「ありがとう。」
陽人君は優しく微笑み、今までに聞いたこともないくらい弱々しい声で言った。そう言ってまた陽人君は眠った。
それと同時に、心電図モニターが激しい音を鳴らした。
扉が開き、お医者さんと看護師さんが入ってきた。お医者さんは、陽人君の脈を確認し、瞳孔に光を当てた後、ご臨終です、と静かに述べた。
陽人君のお母さんは、嗚咽を漏らしながら泣き出し、お父さんはお母さんを支え、私はただ静かに涙を流していた。
みんなが泣き止んだ後、陽人君のお父さんが鞄から封筒を取り出し、ゆっくりと立ち上がり、私に近づいてきた。
「花凛ちゃん、ありがとう。花凛ちゃんのおかげで陽人の短い人生は楽しかったと思う。これは陽人が亡くなったら渡してって言われてたから。」
私はただ頷き、封筒を受け取った。
私は静かに病室を出て、昨日行った公園へと向かった。
昨日一緒に座ったベンチに座ると、なぜか隣に陽人君がいるような気持ちになり、また涙が出てきた。
封筒を開けると手紙が入っていた。
「花凛へ
この手紙を読んでるってことは僕はもうこの世にいないんだろうね。
でも花凛にどうしても伝えたいことがあったからこの手紙を書きました。
まず、花凛ほんとにありがとう。
花凛と出会えて、僕は本当に幸せでした。
花凛と過ごした日々は、どんなに短くても、僕の人生で一番輝いていた瞬間でした。 でも、これだけはお願いしたい。 花凛の人生を、僕のために生きてほしくない。 花凛には花凛だけの未来があるから。
だから、もし僕がいなくなった後に、誰か他の人を好きになったら、その人と心から幸せになってほしい。
僕のことなんて忘れてもいい。
花凛が笑顔でいられることを僕は一番に望むから。
最後に、花凛、ありがとう。 あなたと出会えて本当に良かったです。 幸せでいてね。
陽人より」
なにこれ、私は小さく呟いた。忘れるわけないじゃん。陽人君と過ごした宝物のような日々を。だから私もこれだけはと思い、空に向かって伝える。
「絶対忘れないよ。だからお互い元気に生きようね。」
涙を拭き、私は公園を出た。陽人君はいつでも心の中にいる。だから、私は今日も元気に生きる。
卒業式
式が終わり、クラスのみんなと写真を撮るのも終わり、教室には私以外誰もいなかった。
綺麗な白い花が置かれた陽人君の机に私は目を向ける。心の中で陽人君に話しかける。
「陽人君、私たちはもう中学校を卒業したんだよ。元気してる?私はさ、絶対に陽人君と過ごした日々を忘れないよ。一生懸命、一緒に練習した部活、綱引きをした体育祭、文化祭で2人で分けたポテト、一緒に回ったお寺や水族館、USJ、そして陽人君が告白してくれた大阪、病院での会話、映画デート、その後の指輪とキス。私は陽人君のおかげで世界がもっと明るくなった気がするの。陽人君と出会ってなかったら私今頃何してるんだろな。」
少しずつ頭の中に浮かんでくる出来事。まだ陽人君と話したいことがある。だから涙を堪えた。
「私はさ、絶対に陽人君の分までしっかり生きるからね。だから空の上でずっと待っててくれるよね。私、花凛は陽人君のことがやっぱり大好きです。」
ポロポロと涙が落ちてきた。
こんなにも大好きな陽人君がいなくなるなんて...。陽人君の顔が頭の中に映るたびに、涙が出てくる。
それでも私は前を向いて歩かなければいけない。陽人君の分まで。
だから生きる。
ありがとう、陽人君。そしてまた会う日まで。
陽人君がいなくなっても、それでも私はやっぱり君が好きだ。

