忘れないで


きぐるみがこっちを見てる。


くすんだ桃色の、うさぎのきぐるみ。


真っ黒な目がわたしをじぃっと見つめてる。


どこかで見たこと、あるような。


だけど、どうしても思い出せない。


きぐるみが一歩、わたしに近づいてきた。


わたしの体がビクッとと震える間に、もう一歩。


きぐるみが近づいてくる。


黒みがかった桃色の手のひらがのびてきた。


わたしは走り出す。


辺りには誰もいない。


まっくら、まっくら、まっくら。


まっくらな道を、ひたすら走る。


後ろから走ってくる音が聞こえて、振り返ると…きぐるみがいた。


長い耳を振りまわしながら、わたしを追いかけてくる。


少しずつ、少しずつ。


距離が縮んできた。


きぐるみの手が、わたしの背中にのびる。


つかまる…つかまる!


「朝ですよー、起きなさーい!」


ママの大きな声がして、目をあけた。


急いでベッドから飛び起きて、ママのところまで駆け出す。


「ママ、今日ね、怖い夢を見たの」


「あら、どんな夢だったの?」


「あのね…あっ!」


わたしはつきっぱなしのテレビの画面を見て、ギョッとした。


よく家族で遊びに行ってた遊園地が、閉園するってニュース。


その映像の中であのきぐるみのうさぎが、さみしそうに手をふっていた。


「ぼくのことを忘れないでね」


まるで、そう言ってるみたいだった。












「忘れないで」








おわり。