学園に通っていた頃からフレンは人気だった。侯爵家という家柄と美しい見た目からフレンに憧れる令嬢は多く、いつもフレンは誰かしらに告白されていた。だが、フレンは自分の家柄と見た目だけで寄ってくる令嬢たちにうんざりしていたので、全ての告白をバッサリと断り、不必要に近づいてくる令嬢には冷たい態度をとっていた。

 そんなフレンを、令息の同級生も上級生も良く思わず嫌っていた。特に、上級生からは嫌がらせや決闘の申し込みなどもあり、フレンは毎日のようにうんざりしていた。

「おい、見た目と家がいいからって調子に乗ってんじゃねえぞ」

 この日も、フレンは学園内の中庭で上級生たちに囲まれていた。フレンは上級生の一人に胸ぐらを掴まれていたが、フレンは冷ややかな目で相手を睨みつける。その態度に苛立ちを覚えた上級生は、フレンを殴る。殴られたフレンは地面に倒れ込んだが、相変わらず冷ややかな視線を上級生に向けたままだった。

「なんだよ、やり返さなないのか?ああ、やり返せないんだもんな、侯爵家の次男であるお前が位の低い家柄の俺たちに手を出せば、お父様やお兄様に怒られるんだろ?家柄のせいで自由に喧嘩もできないなんて哀れなもんだ」

 嫌な笑みを浮かべながらそう言う上級生に、フレンはペッと唾を吐き、呆れたような眼差しを向ける。

「はっ、何を言ってるんだ?俺があんたたちを殴り返さないのは、あんたたちにそれだけの価値がないってことだ。そんなことも言われないとわからないのか」
「なんだと!」

 フレンの言葉に、上級生たちがさらに怒りフレンの胸ぐらをまた掴んで拳を上げたその時。

「またあなたたちですか!いい加減にしないさい!」

 教師の一人がフレンたちの間に割って入ってくる。

「いいですか、今度また同じようなことをすれば、今度こそ退学処分にしますよ!」

 教師に言われ、上級生たちは舌打ちをして渋々、だがフレンを睨みつけながら立ち去っていく。

「あなたもあなたです。あんな輩たちを相手にしなければいいものを。全く、こんなことで気を揉まなければならない我々の身にもなってほしいものです」

 そう言って、教師は校舎内へ入っていった。

(別に相手にしてるわけじゃない。あいつらが勝手に俺に絡んでくるだけだ)

 だが、それを言ったところで教師には伝わらないだろう。波風を立てたくない大人たちばかりを見てきたフレンは小さくため息をついてたち上がり、足元を手で振り払う。ふと、近くに別の人影があることに気がついた。
 顔を上げて視線を向けると、金髪の長い髪を風に靡かせたルビー色の瞳の美しい女学生の令嬢がいる。どうやら、この令嬢が騒ぎを聞きつけて教師を連れてきてくれたようだ。

「あの、口元から血が出ていますよ」

 そう言って、その令嬢はフレンにハンカチを手渡した。レースのあしらわれた真っ白いハンカチには、可愛い青い鳥の刺繍が施されている。フレンはまた小さくため息をついて令嬢を睨みつけた。

「別に、気にしないでくれて構わない。それとも何か?君も俺の家柄と見た目に寄ってきた害虫か?煩わしい。俺のことは放っておいてくれ」

 そう言ってフレンが立ち去ろうとすると、令嬢は慌ててフレンの前に立ちはだかる。

「あ、いいえ。私は別にあなた自身には興味がありません。ただ、口元から血を出したままなのは痛々しいので。このハンカチは返していただかなくて結構です。それでは」

 フレンの片手に強引にハンカチを握らせ、その令嬢はペコリとお辞儀をしてその場から立ち去った。

「……は?」

 令嬢の背中をぼんやりと見つめながら、フレンはポツリとつぶやく。片手に握られたハンカチを見つめながら、フレンは呆然とその場に立ち尽くしていた。