「お呼びですか、お父様」

 アリシアはこの屋敷の主である父親の前で静かにお辞儀をし、挨拶をした。

「おお、アリシア、先ほど屋敷の前で倒れていた男は目を覚ましたのかい?」
「えっ、ええと、まだです」

 フレデリックのことを聞かれ、アリシアは思わず嘘をついてしまった。目覚めたと知ったら目の前の父親はすぐに会いに行くかもしれない。なんとなくそれはまずいと直感的に思ったのだ。

「そうか、目が覚めたら話を聞きに行こう。必要であれば医者を呼ばねばなるまい」
「そ、そうですね。それでお父様、お話というのはそれだけですか」

 話があると呼ばれて来てみたが、話がフレデリックのことだけならば早く終わらせてすぐにでもフレデリックの元へ戻らねばならない。父親がフレデリックに会いに行く前に何かしらの対策を講じなければいけないのだ。そう思っていたのだが。

「いや、そうではない。実はね、アリシアに縁談があるのだよ。お相手は、ヴァイダー侯爵家の次男、フレデリック君だ」

 父親の言葉に、アリシアは絶句した。




(嘘でしょ嘘でしょ嘘でしょ!?)

 アリシアは廊下を早歩きで駆け抜けていく。本当は走りたい気持ちでいっぱいなのだが、廊下を走るなどとはしたない真似はできないし、やって見つかりでもしたらすぐに叱られるだろう。

 父親の話はその後ほとんど覚えていない。数日後に顔合わせだとかなんとか言っていたような気がするが、未来から来たというフレデリックから聞いていた通り、縁談相手がフレデリック・ヴァイダーだということに驚きすぎて頭の中が真っ白になっていた。

 来客室に到着したアリシアは、ドアを勢いよく開けた。

「お、その顔は父上に俺との縁談話をされたって顔だな」

 フレデリックはベッドから出て部屋の窓から外を眺めていたようだが、慌てて部屋に入ってきたアリシアの顔を見てにやり、と笑った。

「ま、まさか、本当に、あなたが私の、未来の旦那様なのですか……?」

 アリシアは信じられないものを見る目でフレデリックを見るが、フレデリックは嬉しそうに笑う。

「ようやく信じてもらえたか。よかった」
「い、いえ、信じられません。信じられないのだけど、でも信じざるを得ないというか……」

 頭を抱えて唸っているアリシアに、フレデリックは近寄って顔を覗き込む。

「その反応が正しいんだろうな。でも、信じてもらわないと困る」

 そう言ってフッと微笑むフレデリック。その微笑みは、愛おしいものを見るような微笑みと同時に、少しだけ悲しそうな寂しそうな微笑みだった。その微笑みを見て、アリシアの胸は大きく高鳴る。

(どうしてこの人の微笑みを見てこんなに胸が高鳴るの……?)

「さて、俺の正体もわかってもらえたようだし、今後の話をしよう。俺はどうやったら未来に戻れるのかわからない。まぁ、戻ったところでその瞬間に俺は死ぬかもしれないけれど」

 フレデリックの言葉に、アリシアはハッとしてフレデリックを見た。目覚める前は瀕死の状態だったと言っていた。それはつまり、未来に戻ったとしたらその瞬間に命を落とす可能性があるということだ。

「とにかく、今はどうすることもできないし、行く宛もない。なのでアリシア、戻る術が見つかるまでここに置いていてもらえないか?」

 確かに、本当に未来から来て、現状未来へ帰る方法がわからないのであれば、他に行く宛はないだろう。