「メリッサがあの時俺に耳打ちしたのは、アリシアのことでどうしても話しておきたいことがある、という言葉だった。アリシアの前ではとても話すことはできない内容だと。でも、いざ話を聞きに行ってみればアリシアの話は何もなくて、どうして婚約相手がアリシアなんだ、どうして自分ではないのだと責められたんだ」

 アリシアは驚いてフレデリックを見つめる。

「俺は、ちゃんと自分の意志でアリシアを選んだ、メリッサを選ぶことはないとはっきり伝えた。そしたら黙りこんでいたけど、すぐにわかりましたと笑顔で言ったんだ。あまりにも清々しいほどの笑顔で、怖いくらいだったよ。俺は正直言ってメリッサをあまり好ましく思わない。でも、アリシアの妹だし、二人は別に仲が悪いわけではないだろ?だからこのことは話さないほうがいいだろうと思ってたんだ。ごめん」

 そう言って深々とお辞儀をするフレデリック。アリシアは、ただただ驚いてフレデリックを見つめていたが、ハッと我に返った。

「そんな、顔を上げてください。よくわかりました、フレデリック様は私とメリッサのことを思ってあえて言わないようにしてくださってたのですよね。それなのに私ったら……」

(一人で勝手に悩み、勝手に不安になってフレデリックとフレンを困らせてしまった……)

「すみません。そんなこととは知らずに、フレデリック様に嫌な気持ちをさせてしまって」
「そんなことない、嫌な気持ちをさせてしまったのは俺の方だよ」

 そう言ってフレデリックはそっとアリシアの頬に手を伸ばした。

「不安にさせたせいで、フレンにあんなことを……本当にごめん」

 その言葉に、アリシアはフレンに抱きしめられたことを思い出し顔に熱が集中してしまう。そんなアリシアを見て、フレデリックは眉間に皺を寄せた。

「あいつに抱きしめられたことを思い出して、そんな顔をしてるの?」
「えっ」
「あいつのせいでそんな顔になるのはムカつくな。俺を思ってそうなってくれるなら嬉しいけど」

 ムッとしながらフレンはアリシアの頬に手を添える。フレデリックの手の感触に、アリシアの胸は急激に高鳴っていく。

(そんな顔って、一体どんな……)

「フレン様はフレデリック様の未来の姿なのですよね?」
「でも、今のアリシアの婚約者は俺だよ。あんな奴のことじゃなくて、俺を見て、俺を感じてほしい」

 そっとアリシアに顔を近づけ、耳元でそっと囁く。フレデリックの良く通る心地よい声に胸がドクンと大きく跳ね上がった。

 静かにアリシアから離れ、アリシアの顔を見ると、フレデリックは満足そうな笑みを浮かべる。

「よかった、今は俺のことでそんな顔になってくれてるんだよね」

(そんな顔って、だから一体、私はどんな顔になってしまっているの?)

 両手で頬を覆うアリシアを見て、フレデリックはずっと嬉しそうに微笑んでいた。