「アリシア!」

 フレデリックとメリッサが屋敷の奥に入ってからどのくらい経っただろうか。突然、玄関先から声がして振り返ると、そこには茶色の短髪に琥珀色の瞳の背の高い男がいた。

「ユーリお兄様!」

 アリシアが目を輝かせてそう言うと、ユーリは微笑みながらアリシアに近寄る。ユーリはアリシアの兄で、仕事で屋敷を不在がちにしている。

「確か出張に行ってらしたのでは?今日お戻りに?」
「アリシアがフレデリック君の屋敷に出発すると聞いて、急いで駆けつけたんだ。間に合ってよかったよ」

 ホッとしたようにそう言うと、ユーリはアリシアの隣にいるフレンに気がついた。ほんの一瞬、眉間に皺を寄せるが直ぐに笑顔を向ける。

「あなたは?」
「お父様から聞いていませんか?フレデリック様の親戚で、フレデリック様が私の護衛につけてくださったんです」
「初めまして、フレン・ヴァイダーと申します」

 アリシアの説明が終わると、フレンは胸に手を当てて静かにお辞儀をする。そんなフレンを見て、ユーリはふうん、と静かにつぶやいた。

「初めまして、アリシアの兄のユーリです。アリシアの護衛、よろしく頼みます。それにしてもわざわざ護衛を寄越すだなんて、フレデリック君は随分と心配性なんだね。……そういえば、そのフレデリック君本人の姿が見当たらないようだけど?」
「それは……」

 近くをキョロキョロと見渡すユーリに、アリシアがどう答えていいか迷っていると、屋敷の奥からメリッサとフレデリックが並んで戻ってきた。それに気づいたフレンは、アリシアたちの後ろからメリッサへ冷ややかな視線を向ける。

「ユーリお兄様!」
「メリッサ……フレデリック君と何をしていたんだい?」

 ユーリはメリッサとその横にいるフレデリックに気づいて、微笑みながらも少し圧を感じる物言いでメリッサに尋ねた。

「別に、大したことではないのですよ。ね?フレデリック様」

 メリッサはフレデリックの腕に手を回して可愛らしく首を傾げる。だが、フレデリックはメリッサの方を見ずにユーリを見てからアリシアに視線を送った。

(フレデリック様とメリッサは一体何を話していたのかしら……)

 アリシアは居た堪れなくなって目線を逸らすと、ユーリがアリシアの様子を見て眉間に皺を寄せる。

「メリッサ、アリシアの婚約者と二人きりになるのはあまりよろしくないね。もう子供ではないのだからそのくらいの分別くらいはつくだろう。フレデリック君も、アリシアが不安がるようなことは謹んでくれ。これは兄としての忠告だ」
「お兄様、別に私は……」

 ユーリの厳しい言葉にアリシアが思わず口を開こうとすると、フレデリックがメリッサの手を払い除け、静かにアリシアの前に来てアリシアの手を取った。

(えっ?)

 突然のことにアリシアがフレデリックを見ると、フレデリックはアリシアを見て微笑んだ。その微笑みを見た瞬間、アリシアの心臓はドクンと大きく波打つ。

「ご安心ください。メリッサとはただたわいもない話をしていただけです。俺が一生涯かけて愛するのはアリシアたった一人ですので」

 フレデリックはアリシアの手を握りしめながらそう言って、ユーリをしっかりと見つめる。そんなフレデリックを見てユーリは満足そうに口角をあげて頷き、メリッサは表情を変えずにドレスをぎゅっと握り締めている。

(みんなの前で、恥ずかしげもなくそんなことを言うなんて……)

 思わず赤面するアリシアを、フレンは複雑そうな顔で眺めていた。