泉の浄化から数日。エリアーナは、ルーンという心強い相棒と共に、本格的な生活基盤の構築に着手していた。幸いなことに、あの中庭のある遺跡は、崩壊を免れた部屋がいくつも残っていた。
その中でも、泉に近く、風雨をしのげる日当たりの良い一室を、エリアーナは自分たちの「家」に決めた。
「今日からここが、私たちのお城よ、ルーン」
エリアーナがそう言うと、ルーンは嬉しそうに尻尾を振り、大きな体で部屋の埃を払うように歩き回った。
まずは寝床の確保だ。エリアーナは、遺跡の周辺に自生していた、比較的瘴気の影響が少ない蔓と、大きな葉を持つ植物を採取した。錬金術でそれらの繊維を強化し、毒性を中和。数日かけて、ふかふかとは言えないまでも、石の床の冷たさから身を守るには十分な、簡易的なベッドを作り上げた。
次に必要なのは、火と、錬金術のための設備。
エリアーナは、遺跡の崩れた壁から耐火性のある石レンガを集め、泉の近くに小さな炉を組み上げた。燃料は、ルーンが見つけてきてくれる、比較的乾燥した枯れ木だ。聖獣である彼の周りでは、瘴気さえも力が弱まるらしく、彼が運んでくる薪は清浄なマナを宿していた。
炉の火を使い、泉の周りで見つけた粘土を焼いて、簡易的な壺や皿、そして蒸留器の原型まで作り出す。それは、王都の研究室にあるような精密なものではない。だが、知識と工夫があれば、これだけの設備でも驚くほど多くのことが可能になる。
「これで、薬も作れるし、簡単な料理もできるわ」
エリアーナは、自身の顔が泥と煤で汚れているのも構わず、満足げに微笑んだ。お腹の子が、ぽこん、と応えるように動く。
(待っててね。必ず、温かいお家と、美味しいご飯を用意してあげるから)
すべては、この子のために。その想いが、彼女を突き動かす原動力だった。
そんなある日のこと。工房として使っている部屋の壁の苔を剥がしていたエリアーナは、その下に何か硬い感触があることに気づいた。慎重に、苔と土を取り除いていくと、現れたのは精巧なレリーフ――古代の壁画だった。
「これは……」
壁一面に描かれていたのは、壮大な物語だった。
そこには、今よりもずっと緑豊かだった森、そして、銀色の狼――聖獣フェンリルとよく似た獣たちと共に暮らす人々の姿があった。人々は、エリアーナが使うものとよく似た錬金術の道具を手に、大地を耕し、豊かな文明を築いているように見えた。
しかし、物語は急転する。
空から、黒い太陽のようなものが降り注ぎ、大地は裂け、木々はねじくれていく。壁画の中の人々は苦しみ、聖獣たちは傷つき、森は見る影もなく瘴気に汚染されていった。
そして最後の場面。一人の錬金術師が、傷ついた聖獣を庇うように立ち、天に向かって何かを掲げていた。その錬金術師が掲げていたのは、虹色に輝く液体が入った小瓶――エリアーナが作り上げた『アルカナ・エリクシル』と酷似したものだった。
(まさか……この遺跡は、私と同じ錬金術師たちの……?)
そして、この森を襲った悲劇は、自然災害などではない。何者かによる、意図的な攻撃だったのではないか。
エリアーナは、壁画に刻まれた古代の警告に、背筋が凍るのを感じた。
自分が今いる場所は、ただの古代遺跡ではない。世界の運命を揺るがした、大いなる悲劇の舞台そのものなのだ。そして、自分とルーンの出会いは、偶然ではなかったのかもしれない。
その中でも、泉に近く、風雨をしのげる日当たりの良い一室を、エリアーナは自分たちの「家」に決めた。
「今日からここが、私たちのお城よ、ルーン」
エリアーナがそう言うと、ルーンは嬉しそうに尻尾を振り、大きな体で部屋の埃を払うように歩き回った。
まずは寝床の確保だ。エリアーナは、遺跡の周辺に自生していた、比較的瘴気の影響が少ない蔓と、大きな葉を持つ植物を採取した。錬金術でそれらの繊維を強化し、毒性を中和。数日かけて、ふかふかとは言えないまでも、石の床の冷たさから身を守るには十分な、簡易的なベッドを作り上げた。
次に必要なのは、火と、錬金術のための設備。
エリアーナは、遺跡の崩れた壁から耐火性のある石レンガを集め、泉の近くに小さな炉を組み上げた。燃料は、ルーンが見つけてきてくれる、比較的乾燥した枯れ木だ。聖獣である彼の周りでは、瘴気さえも力が弱まるらしく、彼が運んでくる薪は清浄なマナを宿していた。
炉の火を使い、泉の周りで見つけた粘土を焼いて、簡易的な壺や皿、そして蒸留器の原型まで作り出す。それは、王都の研究室にあるような精密なものではない。だが、知識と工夫があれば、これだけの設備でも驚くほど多くのことが可能になる。
「これで、薬も作れるし、簡単な料理もできるわ」
エリアーナは、自身の顔が泥と煤で汚れているのも構わず、満足げに微笑んだ。お腹の子が、ぽこん、と応えるように動く。
(待っててね。必ず、温かいお家と、美味しいご飯を用意してあげるから)
すべては、この子のために。その想いが、彼女を突き動かす原動力だった。
そんなある日のこと。工房として使っている部屋の壁の苔を剥がしていたエリアーナは、その下に何か硬い感触があることに気づいた。慎重に、苔と土を取り除いていくと、現れたのは精巧なレリーフ――古代の壁画だった。
「これは……」
壁一面に描かれていたのは、壮大な物語だった。
そこには、今よりもずっと緑豊かだった森、そして、銀色の狼――聖獣フェンリルとよく似た獣たちと共に暮らす人々の姿があった。人々は、エリアーナが使うものとよく似た錬金術の道具を手に、大地を耕し、豊かな文明を築いているように見えた。
しかし、物語は急転する。
空から、黒い太陽のようなものが降り注ぎ、大地は裂け、木々はねじくれていく。壁画の中の人々は苦しみ、聖獣たちは傷つき、森は見る影もなく瘴気に汚染されていった。
そして最後の場面。一人の錬金術師が、傷ついた聖獣を庇うように立ち、天に向かって何かを掲げていた。その錬金術師が掲げていたのは、虹色に輝く液体が入った小瓶――エリアーナが作り上げた『アルカナ・エリクシル』と酷似したものだった。
(まさか……この遺跡は、私と同じ錬金術師たちの……?)
そして、この森を襲った悲劇は、自然災害などではない。何者かによる、意図的な攻撃だったのではないか。
エリアーナは、壁画に刻まれた古代の警告に、背筋が凍るのを感じた。
自分が今いる場所は、ただの古代遺跡ではない。世界の運命を揺るがした、大いなる悲劇の舞台そのものなのだ。そして、自分とルーンの出会いは、偶然ではなかったのかもしれない。
