銀の福音

研究室の最後の防衛ラインが、破られた。

フェリクスは、数人の暗殺者を道連れにしたが、その体は無数の刃を受け、血だるまとなって倒れていた。

「……姉、さん……アルヴィンを……」

その弟の姿を胸に焼き付け、エリアーナは覚悟を決めた。

彼女は、アルヴィンを研究室の最も奥にある、錬金術で作られた堅牢な避難シェルターに入れると、その扉を固く閉ざした。

そして、祭壇に隠していた、最後の切り札を取り出す。

それは、彼女自身の血液と、「星雫苔」、そしてアルヴィンのへその緒から抽出した「星の血脈」のマナを融合させた、黄金色に輝く液体だった。

『この子のための薪なら、私は喜んで燃え尽きよう』

あの日の誓いを、今こそ果たす時。

彼女の理想は、もはや人々を救うことだけではない。愛する我が子の未来を脅かす、全ての悪意を、この世から消し去ること。そのためならば、自らの命さえも、触媒とすることを厭わない。それが、彼女が見出した、母性の究極の形だった。

「さようなら、私の可愛い、アルヴィン……」

エリアーナは、黄金の液体を、研究室の中央に設置された、増幅装置へと注ぎ込んだ。

次の瞬間、城全体が、太陽が生まれたかのような、まばゆい光に包まれた。

「ぐあああああっ!」

「賢者の真眼」の兵士たちは、その聖なる光を浴びた瞬間、その体を内側から焼き尽くされ、塵となって消えていく。彼らが持つ、邪なマナに満ちた錬金兵器も、その構造を維持できずに崩壊していった。

それは、かつて戦場を満たした、穏やかな光ではない。悪意だけを識別し、焼き尽くす、裁きの光。

エリアーナが、母として放った、最後の牙だった。

その光が、空を駆けるカイエンの瞳にも届いていた。

「……エリアーナ!」

彼は、愛する妻が、最後の手段を使ったことを悟った。彼の論理は、怒りによって、かつてないほどに研ぎ澄まされる。

「全軍、突撃!だが、隊列は崩すな!これは、俺の『家族』を侮辱した、愚か者どもへの、論理的な『報復』だ!」

カイエンの軍は、もはや人の軍勢ではなかった。怒れる君主の意志によって完璧に統率された、一つの巨大な氷の津波。それは、「賢者の真眼」の戦闘部隊が誇る錬金兵器の陣を、赤子の手をひねるように飲み込み、粉砕していった。

カイエンが、息も絶え絶えに城の研究室にたどり着いた時、そこに敵の姿はなかった。

ただ、力を使い果たし、薄茶色の髪が白に近いほど色褪せてしまったエリアーナが、アルヴィンが眠るシェルターに寄りかかるように、倒れていた。

「……エリアーナ……!」

「……カイエン、様……。ご無事、で……よかった……。アル、は……無事、です……」

カイエンは、エリアーナの体を強く、強く抱きしめた。

「馬鹿者……!俺がお前を守ると、誓ったはずだ……!」

「ふふ……。あなたこそ……。私との約束……破るところでしたわよ……」

エリアーナは、幸せそうに微笑むと、静かに意識を手放した。

そこに、ギデオンの部下によって救出された、フェリクスとギデオンも運び込まれてきた。二人とも深手を負ってはいるが、エリアーナが放った「福音」の光によって、奇跡的に一命を取り留めていた。

カイエンは、眠る妻と、息子、そして、命を懸けて家族を守り抜いた忠臣と義弟を見下ろした。

彼の頬を、とめどなく涙が伝う。彼が両親を失って以来の、初めて慟哭だった。



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あとがき

どうも、初めまして。
著者の鴉天狗です。

ここまで、この物語を読んでいただき、ありがとうございます。
いかがでしたでしょうか?
ぜひ、ご感想いただけますと嬉しいです。

本作は、私がこのサイトで初めて執筆した作品になります。
拙い部分もあったと自分自身、反省している点が多々あり、随時修正していくつもりです。

また、この第五十四話にて第一部が終わりましたが、実はここから『銀の福音』の物語が本格的にスタートしていく構想となっています。
つまり、この第一部は序章の手前、超長編のプロローグだったというわけです。

続いて、第五十五話から始まる第二部第一章は、一気に物語の世界がスケールアップしていきます。
ぜひ、みなさんお楽しみに!