轟音と共に、エリアーナの研究室の扉が内側へと吹き飛んだ。

 鋼鉄の扉を融解させたのは、暗殺者たちが使った古代の錬金術兵器。その灼熱の煙の中から、かつてのフェリクスと同じ、感情のない瞳を持つ数人の影が、音もなく滑り込んできた。

 「アルヴィンを頼みます、姉さん!」

 フェリクスは叫ぶと同時に、暗闇から闇へと溶けるように動き、侵入した暗殺者の一人の喉を掻き切った。それは、彼が組織で叩き込まれた、影として生きるための技術。だが今、その刃は、光を守るために振るわれていた。

 『この命は、姉さんと、アルヴィンのためにある』

 その誓いが、彼の動きを、かつての「無貌」だった頃よりも、さらに鋭く、速くさせていた。かつて仲間だった者たちの動き、思考、その全てが手に取るようにわかる。彼は、自らの忌まわしい過去そのものを、葬り去るように戦った。一人殺すたびに、自分の魂が、少しずつ浄化されていくような感覚さえあった。

 「おしゃべりはそこまでだ、裏切り者!」

 暗殺者たちは、フェリクスと寸分違わぬ動きで連携し、彼を囲い込む。その手には、聖獣ルーンの動きさえ封じた、呪いの水晶が握られていた。

 その瞬間、床に仕掛けられていたエリアーナのトラップが作動した。足元から噴き出した閃光と轟音が、暗殺者たちの視覚と聴覚を奪う。

 「今よ、フェリクス!」

 エリアーナは、腕にアルヴィンを抱きながら、次々と調合した薬品を投げつけた。床は凍りつき、壁からは粘着性の茨が伸び、研究室そのものが、彼女の意志を持つ城壁と化していた。

 その頃、城の西塔では、ギデオンが決死の突撃を敢行していた。

 「うおおおおおっ!」

 彼の雄叫びは、忠義のすべてを乗せた、魂の咆哮だった。彼は、ヴァレリウスの精鋭部隊の注意を一身に引きつけ、部下を秘密の通路へと送り出すことに成功した。だが、その代償は大きかった。彼の体は、数本の矢を受け、鎧は深紅に染まっていく。

 『なぜ、助けてくれなかったのですか』

 若き日の後悔が、彼の脳裏をよぎる。だが、今の彼の心に、無力感はなかった。自分は、確かに、守るべきものを、今、守っている。主君の愛する家族を、未来を。

 「……行け……エリアーナ様の元へ……!」

 ギデオンは、膝から崩れ落ちながらも、最後の力を振り絞り、追撃しようとする敵兵の足に、その剣を突き立てた。彼の騎士道が、今、最も気高く輝いていた。

 そして、ヴォルフシュタイン城へと続く街道。

 全速力で駆けるカイエンの軍勢の前に、巨大な土煙が上がった。

 「……待ち伏せか」

 カイエンの氷の瞳が、前方に現れた一軍を捉えた。それは、王都軍の残党などではない。黒獅子将軍バルドゥールに偽りの報告をしていた、「賢者の真眼」直属の戦闘部隊。その手には、北方軍の装備を遥かに凌駕する、最新鋭の錬金兵器が握られていた。

 「カイエン公爵。あなたの論理も、ここまでですな」

 指揮官らしき男が、歪んだ笑みを浮かべる。

 カイエンは、燃えるような怒りを、氷の仮面の下に押し殺した。

 愛する家族の元へ、一刻も早く。その焦りが、彼の冷静な判断を、わずかに、しかし確実に狂わせ始めていた。