夜の寒さから私を守るように、巨大な銀狼――聖獣フェンリルは、その温かい体で私を包み込んでくれていた。朝日がねじくれた木々の隙間から差し込み、銀色の毛皮をキラキラと輝かせる。もふもふとした毛並みに顔をうずめると、陽だまりのような匂いがした。

 (生きている……)

 昨夜の奇跡が夢ではなかったことを実感し、エリアーナは安堵のため息を漏らす。隣で穏やかに寝息を立てる聖獣の姿は、恐ろしさよりも、むしろ神々しささえ感じさせた。

 私が身じろぎをすると、聖獣はゆっくりと琥珀色の瞳を開けた。その知性的な眼差しは、森の獣のものとは思えない。彼は私の顔をじっと見つめると、ぺろり、と私の頬を舐めた。ざらりとした舌の感触に驚いたが、その仕草に敵意がないことは明らかだった。

 「ふふっ、くすぐったい」

 自然と笑みがこぼれる。昨日までの絶望が嘘のようだ。

 「君は、すごいんだね。神話の中だけの存在だと思っていたよ」

 エリアーナが話しかけると、聖獣は心得たように一つ頷いた。やはり、人の言葉を理解しているらしい。

 「名前は、あるの?」

 問いかけると、聖獣は静かに首を横に振った。

 「そっか。じゃあ、私が名付けてもいい?」

 聖獣は、嬉しそうに尻尾をぱたりと一度、地面に打ち付けた。

 エリアーナは少し考えた後、その神秘的な瞳を見つめて言った。

 「ルーン。古代語で『秘密』や『神秘』を意味する言葉。君にぴったりだと思う」

 その名を聞いた瞬間、聖獣――ルーンは、天に向かって高く、澄んだ遠吠えを上げた。それは喜びの咆哮であり、魂の契約が完了したことを示すかのような、荘厳な響きだった。

 こうして、私とルーンの、奇妙な二心同体の生活が始まった。

 しかし、感動的な出会いの後には、極めて現実的な問題が待っていた。

 ぐぅぅぅぅ……。

 静かな森に、盛大に鳴り響く腹の虫。私だけでなく、どうやらルーンも空腹らしい。追放時に渡された麻袋の中には、もう硬いパンが一切れしか残っていない。

 (このままでは、お腹の子も、私も、そしてルーンも飢えてしまう)

 エリアーナは決意を固めた。感傷に浸っている暇はない。生きるためには、食料を確保しなければ。

 「ルーン、食べ物を探しに行こう。何か、食べられる植物や果物を見つけないと」

 私が立ち上がると、ルーンは心得たとばかりに私の前に立ち、低い唸り声を上げた。森の奥を指し示すように、鼻先を向けている。

 その目は「こっちだ、ついてこい」と語っているようだった。

 「案内してくれるの?」

 ルーンは再び、肯定するように喉を鳴らした。

 エリアーナは、ルーンという頼もしい相棒を得たことに感謝しながら、彼に続いた。だが、彼女はまだ知らなかった。この森が、ただの魔物の住処ではないことを。そして、ルーンが彼女を導こうとしている場所が、彼女自身の運命を大きく左右する、古代の秘密が眠る場所であることを。