「無貌」の刃が、聖獣ルーンの体を深く傷つける。その光景を前に、エリアーナの覚悟は決まった。
彼女は、ためらうことなく、自らの胸に短剣を突き立てた。
姉が、その命をもって自分たちを守ってくれた。カイエンが、その命を懸けて自分を信じてくれた。ならば今度は、自分が全てを懸ける番だ。
『お前の論理が、愛する者を守れないと言うのなら……その時は、お前の論理の方が間違っているのだ』
父の言葉を思い出したカイエンのように、エリアーナもまた、自らの理想の先にある答えに辿り着いていた。人を救うという理想は、時に、自らを犠牲にしてでも貫き通すべき、聖なる誓いなのだと。
ローゼンベルク家の呪い、そして福音。光と影。その真の意味を、彼女は今、魂で理解した。
エリアーナの血が、床に広がる。その血は、アルヴィンの揺りかごから零れ落ちた羊水――「星の血脈」のマナ――と混じり合った瞬間、まばゆい黄金色の光を放った。
光は、部屋中を満たし、城を包み、そして、遠く離れた戦場にまで、優しい雨のように降り注いだ。
ローゼンベルクの血に刻まれた、古代の錬成式。「福音」の解放だった。
その光を浴びた「無貌」の体から、彼を縛り付けていた組織の呪いが、霧のように消えていく。彼の空虚だった瞳に、初めて、人間の感情の色が宿った。
「……あたたかい……。これが……光……」
彼こそは、追放された侍女マーサが、侯爵家への復讐を誓う組織に拾われ、暗殺者として育てられた、リリアーナとエリアーナの、異父弟だったのだ。
光は、傷ついたルーンの体を癒し、そして、戦場で傷つき、憎しみ合っていた兵士たちの心をも、穏やかに鎮めていった。
戦いが、終わった。
夜が明け、戦場では、カイエンとバルドゥールが、固い握手を交わしていた。
「……世話になったな、カイエン。俺は、俺の罪を償う。王都に戻り、真の敵を、内側から喰い破ってやる」
「ああ。だが、死ぬなよ、バルドゥール。お前の力は、この国が生まれ変わるために必要だ」
鏡合わせの二人の獅子は、初めて同じ未来を見据え、夜明けの空に盟約を誓った。
その翌日。
カイエンがエリアーナの寝室に戻ると、そこには、穏やかな顔で眠るアルヴィンと、寄り添うように横たわるエリアーナ、そして、彼女の枕元で静かに頭を垂れる、一人の青年の姿があった。
エリアーナは、自らの血を大量に失ったが、奇跡的に一命を取り留めていた。
「……ありがとう。あなたがいてくれたおかげで、ルーンも、私も、助かりました」
エリアーナの言葉に、青年は涙を流した。
「……姉、さん……」
それは、名も顔も持たなかった暗殺者が、初めて、一人の人間として、その魂を取り戻した瞬間だった。
カイエンは、エリアーナの手を握りしめた。
「エリアーナ。よく、戦い抜いてくれた」
「カイエン様こそ。……終わったのですね」
「ああ。だが、本当の戦いは、これからだ」
カイエンは、窓の外に広がる、朝日に照らされた北の大地を見据えた。
「『賢者の真眼』を討ち、王都を浄化する。そして、お前が夢見た、誰もが笑って暮らせる楽園を、この地に築く。俺たちの手で」
エリアーナは、力強く頷いた。
その腕の中では、銀色の髪を持つ赤子、アルヴィンが、すやすやと穏やかな寝息を立てていた。
絶望の森から始まった物語は、多くの悲しみと犠牲を乗り越え、今、確かな希望の光を掴んだ。
追放された錬霊術師と、氷の公爵。そして、未来を担う小さな命。
三人の家族の戦いは、まだ、始まったばかりだった。
彼女は、ためらうことなく、自らの胸に短剣を突き立てた。
姉が、その命をもって自分たちを守ってくれた。カイエンが、その命を懸けて自分を信じてくれた。ならば今度は、自分が全てを懸ける番だ。
『お前の論理が、愛する者を守れないと言うのなら……その時は、お前の論理の方が間違っているのだ』
父の言葉を思い出したカイエンのように、エリアーナもまた、自らの理想の先にある答えに辿り着いていた。人を救うという理想は、時に、自らを犠牲にしてでも貫き通すべき、聖なる誓いなのだと。
ローゼンベルク家の呪い、そして福音。光と影。その真の意味を、彼女は今、魂で理解した。
エリアーナの血が、床に広がる。その血は、アルヴィンの揺りかごから零れ落ちた羊水――「星の血脈」のマナ――と混じり合った瞬間、まばゆい黄金色の光を放った。
光は、部屋中を満たし、城を包み、そして、遠く離れた戦場にまで、優しい雨のように降り注いだ。
ローゼンベルクの血に刻まれた、古代の錬成式。「福音」の解放だった。
その光を浴びた「無貌」の体から、彼を縛り付けていた組織の呪いが、霧のように消えていく。彼の空虚だった瞳に、初めて、人間の感情の色が宿った。
「……あたたかい……。これが……光……」
彼こそは、追放された侍女マーサが、侯爵家への復讐を誓う組織に拾われ、暗殺者として育てられた、リリアーナとエリアーナの、異父弟だったのだ。
光は、傷ついたルーンの体を癒し、そして、戦場で傷つき、憎しみ合っていた兵士たちの心をも、穏やかに鎮めていった。
戦いが、終わった。
夜が明け、戦場では、カイエンとバルドゥールが、固い握手を交わしていた。
「……世話になったな、カイエン。俺は、俺の罪を償う。王都に戻り、真の敵を、内側から喰い破ってやる」
「ああ。だが、死ぬなよ、バルドゥール。お前の力は、この国が生まれ変わるために必要だ」
鏡合わせの二人の獅子は、初めて同じ未来を見据え、夜明けの空に盟約を誓った。
その翌日。
カイエンがエリアーナの寝室に戻ると、そこには、穏やかな顔で眠るアルヴィンと、寄り添うように横たわるエリアーナ、そして、彼女の枕元で静かに頭を垂れる、一人の青年の姿があった。
エリアーナは、自らの血を大量に失ったが、奇跡的に一命を取り留めていた。
「……ありがとう。あなたがいてくれたおかげで、ルーンも、私も、助かりました」
エリアーナの言葉に、青年は涙を流した。
「……姉、さん……」
それは、名も顔も持たなかった暗殺者が、初めて、一人の人間として、その魂を取り戻した瞬間だった。
カイエンは、エリアーナの手を握りしめた。
「エリアーナ。よく、戦い抜いてくれた」
「カイエン様こそ。……終わったのですね」
「ああ。だが、本当の戦いは、これからだ」
カイエンは、窓の外に広がる、朝日に照らされた北の大地を見据えた。
「『賢者の真眼』を討ち、王都を浄化する。そして、お前が夢見た、誰もが笑って暮らせる楽園を、この地に築く。俺たちの手で」
エリアーナは、力強く頷いた。
その腕の中では、銀色の髪を持つ赤子、アルヴィンが、すやすやと穏やかな寝息を立てていた。
絶望の森から始まった物語は、多くの悲しみと犠牲を乗り越え、今、確かな希望の光を掴んだ。
追放された錬霊術師と、氷の公爵。そして、未来を担う小さな命。
三人の家族の戦いは、まだ、始まったばかりだった。
