北の国境、凍てつく風が吹き荒れる監視砦で、カイエンは一枚の地図を睨みつけていた。その隣には、歴戦の鎧に身を固めたギデオンが、険しい表情で佇んでいる。
「斥候の報告によれば、バルドゥール軍の先鋒は三日以内に国境線に到達します。その数、およそ五万。噂に違わぬ大軍です」
「奴のやり方は変わらんな」
カイエンは、地図上の一点、かつてバルドゥールと共に戦った古戦場を指でなぞった。
騎士団時代、カイエンとバルドゥールは、互いの実力を認め合う唯一無二のライバルだった。ある日、二人は貴族による圧政に苦しむ民衆の反乱を鎮圧する任務に就く。カイエンは、首謀者のみを処罰し、民衆とは対話で解決すべきだと「論理的」に主張した。しかし、バルドゥールは、反乱の芽を根絶やしにするため、女子供を含む村の皆殺しを断行した。
『カイエン、お前の論理は甘すぎる。秩序とは、圧倒的な力と恐怖によってのみ保たれるのだ』
親友を斬った過去を持つバルドゥールの瞳から、かつての光は消えていた。二人が信じる「正義」が、決して交わらないことを悟った瞬間だった。
「ギデオン。敵の狙いは短期決戦。我らの結束が固まる前に、恐怖で領主たちを屈服させる気だ。だが、俺は奴の思考を読むことができる」
カイエンは即座に指示を出す。兵力を一点に集中させるのではなく、ゲリラ戦で敵の補給路を断つこと。そして、黒の森の跡地に建設中の研究所を防衛の最重要拠点とすること。彼の戦略は、力と力がぶつかり合う消耗戦を避け、論理と地の利で敵を疲弊させる、冷静沈着なものだった。
その頃、ヴォルフシュタイン城の研究室で、エリアーナは助手の錬金術師たちに指示を飛ばしていた。彼女の周りには、完成したばかりの無数のポーションや、金属のインゴットが山と積まれている。
「治癒薬の量産を急いでください!それから、この『星雫苔』を合金に混ぜ込めば、従来の鎧の半分の重量で、三倍の強度が得られるはずです!」
かつて、彼女の錬金術は、誰にも理解されない孤独な探求だった。だが今、彼女の知識は、カイエンが、ギデオンが、そして北方の民が、信じ、頼ってくれる希望の光となっている。
『私の理想は、もう誰にも奪わせない。私の科学は、戦争のためのものではない。愛する人々と、私たちの未来を守るための力なのだ』
その強い意志が、彼女を突き動かしていた。研究所は、彼女にとって、北方の未来を守るための城壁そのものだった。
一方、南の地。王都軍の野営地。
"黒獅子将軍"バルドゥールは、兵士たちの前で、捕らえられた一人の脱走兵を、自らの手で処刑していた。
「我が軍に、臆病者は不要。我が軍に必要なのは、規律と、命令への絶対的な服従のみ!」
その冷酷な姿に、兵士たちは恐怖に震えながらも、士気を高めていく。
「聞け、兵士たちよ!北のカイエンは、魔女に誑かされ、国を裏切った反逆者だ!奴が振りかざす甘っちょろい理想が、いかに無力か!我らが鋼の秩序で、証明してやるのだ!」
バルドゥールの咆哮が、戦場に響き渡る。
彼は、かつて親友を手にかけた、あの日の自分の選択が「正しかった」と証明するために戦う。カイエンが守ろうとする愛や理想という名の「弱さ」を、完膚なきまでに叩き潰すこと。それが、彼の歪んだ正義だった。
黒獅子の軍勢が、北の大地へと、その牙を剥いた。
「斥候の報告によれば、バルドゥール軍の先鋒は三日以内に国境線に到達します。その数、およそ五万。噂に違わぬ大軍です」
「奴のやり方は変わらんな」
カイエンは、地図上の一点、かつてバルドゥールと共に戦った古戦場を指でなぞった。
騎士団時代、カイエンとバルドゥールは、互いの実力を認め合う唯一無二のライバルだった。ある日、二人は貴族による圧政に苦しむ民衆の反乱を鎮圧する任務に就く。カイエンは、首謀者のみを処罰し、民衆とは対話で解決すべきだと「論理的」に主張した。しかし、バルドゥールは、反乱の芽を根絶やしにするため、女子供を含む村の皆殺しを断行した。
『カイエン、お前の論理は甘すぎる。秩序とは、圧倒的な力と恐怖によってのみ保たれるのだ』
親友を斬った過去を持つバルドゥールの瞳から、かつての光は消えていた。二人が信じる「正義」が、決して交わらないことを悟った瞬間だった。
「ギデオン。敵の狙いは短期決戦。我らの結束が固まる前に、恐怖で領主たちを屈服させる気だ。だが、俺は奴の思考を読むことができる」
カイエンは即座に指示を出す。兵力を一点に集中させるのではなく、ゲリラ戦で敵の補給路を断つこと。そして、黒の森の跡地に建設中の研究所を防衛の最重要拠点とすること。彼の戦略は、力と力がぶつかり合う消耗戦を避け、論理と地の利で敵を疲弊させる、冷静沈着なものだった。
その頃、ヴォルフシュタイン城の研究室で、エリアーナは助手の錬金術師たちに指示を飛ばしていた。彼女の周りには、完成したばかりの無数のポーションや、金属のインゴットが山と積まれている。
「治癒薬の量産を急いでください!それから、この『星雫苔』を合金に混ぜ込めば、従来の鎧の半分の重量で、三倍の強度が得られるはずです!」
かつて、彼女の錬金術は、誰にも理解されない孤独な探求だった。だが今、彼女の知識は、カイエンが、ギデオンが、そして北方の民が、信じ、頼ってくれる希望の光となっている。
『私の理想は、もう誰にも奪わせない。私の科学は、戦争のためのものではない。愛する人々と、私たちの未来を守るための力なのだ』
その強い意志が、彼女を突き動かしていた。研究所は、彼女にとって、北方の未来を守るための城壁そのものだった。
一方、南の地。王都軍の野営地。
"黒獅子将軍"バルドゥールは、兵士たちの前で、捕らえられた一人の脱走兵を、自らの手で処刑していた。
「我が軍に、臆病者は不要。我が軍に必要なのは、規律と、命令への絶対的な服従のみ!」
その冷酷な姿に、兵士たちは恐怖に震えながらも、士気を高めていく。
「聞け、兵士たちよ!北のカイエンは、魔女に誑かされ、国を裏切った反逆者だ!奴が振りかざす甘っちょろい理想が、いかに無力か!我らが鋼の秩序で、証明してやるのだ!」
バルドゥールの咆哮が、戦場に響き渡る。
彼は、かつて親友を手にかけた、あの日の自分の選択が「正しかった」と証明するために戦う。カイエンが守ろうとする愛や理想という名の「弱さ」を、完膚なきまでに叩き潰すこと。それが、彼の歪んだ正義だった。
黒獅子の軍勢が、北の大地へと、その牙を剥いた。
