歓喜は、一瞬で悲鳴に変わった。
「うわあああ!」
「やめろ、来るな!」
リリアーナの偽薬を飲んだ者たちが、次々と黒い血管を浮かび上がらせ、理性を失った獣へと変貌していく。ついさっきまでエリアーナに感謝していた村人たちが、家族や隣人に牙を剥き始めたのだ。
グラーヴェン村は、阿鼻叫喚の地獄と化した。
「なんてこと……もしやこれが、本当の狙い……!」
エリアーナは、助けたばかりの少女アンナを強く抱きしめながら、目の前の惨状に戦慄した。これは単なる副作用ではない。解呪薬が引き金となり、体内の呪いがより強力なものへと進化したのだ。治療すればするほど、地獄が広がるという悪魔の罠。
「ギデオン様!」
エリアーナが叫ぶ。その声に、ギデオンは即座に反応した。
「騎士団、隊列を組め!盾を構えろ!目的は鎮圧であり、殺害ではない!民を傷つけることなく、動きを封じよ!」
ギデオンの檄が飛ぶ。カイエンの近衛騎士団は、北方の地で最強と謳われる精鋭中の精鋭。彼らは即座に円陣を組み、暴徒と化した村人たちと、エリアーナたちがいる天幕の間に、鋼の壁を築いた。
彼の脳裏には、数年前に辺境で起きた、魔獣による集落襲撃事件の記憶が焼き付いている。当時、若き騎士だった彼は、命令を遵守するあまり、目前で魔獣に襲われる村の子供を救うことができなかった。
『なぜ、助けてくれなかったのですか』
生き残った母親の、魂を抉るような言葉。騎士としての誇りと、守れなかった命の重さ。その罪悪感が、彼の行動原理そのものだった。
『力とは、弱き者を守るためにある。二度と、あの日の無力は繰り返さない』
たとえ相手が暴徒と化した民であろうと、彼にとっては守るべき弱者。一人たりとも、その命を奪うわけにはいかなかった。彼の剣は、斬るためではなく、守るために振るわれるのだ。
「エリアーナ様、ご指示を!我らは何としても、あなたと民をお守りする!」
ギデオンの叫びに、エリアーナははっと我に返る。
今は絶望している時ではない。自分にしか、この地獄を終わらせることはできないのだ。
「この暴走は、呪いによるマナの強制活性化が原因です。広範囲に効果のある、強力なマナ鎮静剤が必要です!ですが、材料が……!」
その時だった。広場の隅で、一人の人物が呆然と立ち尽くしていた。
リリアーナ・フォン・ローゼンベルク。
彼女の顔から、聖女の仮面は剥がれ落ち、ただ恐怖と混乱に歪んでいた。
「違う……こんなはずじゃ……。私は、ただ、みんなに褒められて、聖女様って、言われたかっただけなのに……」
自分が作り出した地獄を前に、彼女は初めて、自らの行いの罪の重さを突きつけられていた。
その混乱するリリアーナの隣で、レオンが叫んだ。
「皆、聞け!これも全て、あの魔女のせいだ!エリアーナが余計なことをしなければ、村は平和だったのだ!」
彼は、この期に及んでも、自らの罪から目を背け、責任をエリアーナになすりつけようとする。
その醜い姿を、エリアーナは冷たい瞳で見据えた。
今は、あなた達の茶番に付き合っている時間はない。
彼女は、数少ない手持ちの材料を組み合わせ、即席の調合を始める。だが、村全体の暴走を止めるには、あまりにも力が足りなかった。
ドゴォッ!
円陣の一角が、理性を失った村長クラウスの怪力によって破られた。彼は、孫娘アンナの元へ行こうとする本能のままに、エリアーナへとその手を伸ばす。
「アンナ……俺の、アンナ……!」
ギデオンが咄嗟に剣の柄で殴りつけようとするが、間に合わない。
絶体絶命。エリアーナは、アンナを庇い、強く目を閉じた。
その瞬間、銀色の閃光が走った。
「うわあああ!」
「やめろ、来るな!」
リリアーナの偽薬を飲んだ者たちが、次々と黒い血管を浮かび上がらせ、理性を失った獣へと変貌していく。ついさっきまでエリアーナに感謝していた村人たちが、家族や隣人に牙を剥き始めたのだ。
グラーヴェン村は、阿鼻叫喚の地獄と化した。
「なんてこと……もしやこれが、本当の狙い……!」
エリアーナは、助けたばかりの少女アンナを強く抱きしめながら、目の前の惨状に戦慄した。これは単なる副作用ではない。解呪薬が引き金となり、体内の呪いがより強力なものへと進化したのだ。治療すればするほど、地獄が広がるという悪魔の罠。
「ギデオン様!」
エリアーナが叫ぶ。その声に、ギデオンは即座に反応した。
「騎士団、隊列を組め!盾を構えろ!目的は鎮圧であり、殺害ではない!民を傷つけることなく、動きを封じよ!」
ギデオンの檄が飛ぶ。カイエンの近衛騎士団は、北方の地で最強と謳われる精鋭中の精鋭。彼らは即座に円陣を組み、暴徒と化した村人たちと、エリアーナたちがいる天幕の間に、鋼の壁を築いた。
彼の脳裏には、数年前に辺境で起きた、魔獣による集落襲撃事件の記憶が焼き付いている。当時、若き騎士だった彼は、命令を遵守するあまり、目前で魔獣に襲われる村の子供を救うことができなかった。
『なぜ、助けてくれなかったのですか』
生き残った母親の、魂を抉るような言葉。騎士としての誇りと、守れなかった命の重さ。その罪悪感が、彼の行動原理そのものだった。
『力とは、弱き者を守るためにある。二度と、あの日の無力は繰り返さない』
たとえ相手が暴徒と化した民であろうと、彼にとっては守るべき弱者。一人たりとも、その命を奪うわけにはいかなかった。彼の剣は、斬るためではなく、守るために振るわれるのだ。
「エリアーナ様、ご指示を!我らは何としても、あなたと民をお守りする!」
ギデオンの叫びに、エリアーナははっと我に返る。
今は絶望している時ではない。自分にしか、この地獄を終わらせることはできないのだ。
「この暴走は、呪いによるマナの強制活性化が原因です。広範囲に効果のある、強力なマナ鎮静剤が必要です!ですが、材料が……!」
その時だった。広場の隅で、一人の人物が呆然と立ち尽くしていた。
リリアーナ・フォン・ローゼンベルク。
彼女の顔から、聖女の仮面は剥がれ落ち、ただ恐怖と混乱に歪んでいた。
「違う……こんなはずじゃ……。私は、ただ、みんなに褒められて、聖女様って、言われたかっただけなのに……」
自分が作り出した地獄を前に、彼女は初めて、自らの行いの罪の重さを突きつけられていた。
その混乱するリリアーナの隣で、レオンが叫んだ。
「皆、聞け!これも全て、あの魔女のせいだ!エリアーナが余計なことをしなければ、村は平和だったのだ!」
彼は、この期に及んでも、自らの罪から目を背け、責任をエリアーナになすりつけようとする。
その醜い姿を、エリアーナは冷たい瞳で見据えた。
今は、あなた達の茶番に付き合っている時間はない。
彼女は、数少ない手持ちの材料を組み合わせ、即席の調合を始める。だが、村全体の暴走を止めるには、あまりにも力が足りなかった。
ドゴォッ!
円陣の一角が、理性を失った村長クラウスの怪力によって破られた。彼は、孫娘アンナの元へ行こうとする本能のままに、エリアーナへとその手を伸ばす。
「アンナ……俺の、アンナ……!」
ギデオンが咄嗟に剣の柄で殴りつけようとするが、間に合わない。
絶体絶命。エリアーナは、アンナを庇い、強く目を閉じた。
その瞬間、銀色の閃光が走った。
