グラーヴェン村の報告は、エリアーナの元にも届いていた。
カイエンが派遣した医師の一人が、リリアーナの薬のサンプルを極秘に持ち帰り、エリアーナに分析を依頼してきたのだ。
「エリアーナ様……聖女様の薬を飲んだ者は、一時的に回復するものの、数日後には以前よりさらに衰弱してしまうのです。まるで、生命力を前借りしているかのように……」
エリアーナは、最新の分析装置でその粗悪な模倣薬を解析し、戦慄した。
「……ひどい……。これは、治療薬などではないわ。マナを強制的に活性化させる劇薬と、精神を高揚させるだけの麻薬成分……。こんなものを使い続ければ、患者は確実に死に至る」
姉の行為は、錬金術師としての理想を、最も汚れた形で踏みにじる冒涜だった。
彼女の行動原理は、「完璧な調合で、人々を苦しみから救う」という錬金術師としての理想。
そして、「我が子の未来を守る」という母としての責任感。
かつて、彼女の理想は姉に利用され、多くの人を救う機会を奪われた。その結果が、あの断罪の夜会だった。
もう、同じ過ちは繰り返さない。
『私の知識は、もう誰にも奪わせない。私の手で、本当の救済を証明する』
そして、この病が解決しなければ、カイエンの統治は揺らぎ、北方の地は戦乱に巻き込まれる。それは、生まれてくる我が子の未来が脅かされることに直結する。カイエンの民を守ることは、自分たちの家族を守ることなのだ。
エリアーナは、完成したばかりの「星雫苔」のサンプルを手に、カイエンの執務室へ向かった。
「カイエン様、私をグラーヴェン村へ行かせてください」
その言葉に、カイエンは凍てついた表情で振り返った。
「ならん。お前の体は、一人ではないのだぞ。危険すぎる」
「だからこそ、行くのです!」
エリアーナは一歩も引かなかった。
「このままでは、あなたの民が、あなたの国が、内側から崩壊してしまう。それは、私と、この子の未来が失われるのと同じこと。私には、この病を止められる知識がある。そして、その知識を使う責任があるのです」
「しかし……!」
「これは、私の戦いでもあります」
エリアーナは、カイエンの目をまっすぐに見つめた。
「かつて、私は姉にすべてを奪われ、無力でした。でも、今は違う。あなたがいる。最高の工房がある。そして、守りたいと心から思える人たちがいる。もう、誰かの偽善の陰で、人々が苦しむのを見ているだけではいられない」
彼女の瞳に宿る、錬金術師としての揺るぎない誇りと、母としての愛の深さ。 そのあまりにも強い光を前に、カイエンは言葉を失った。
彼の論理は、エリアーナを危険から遠ざけることが最善だと結論付けていた。
しかし、目の前の彼女の覚悟という、新たな「事実」。
それは、彼の論理を上書きするのに十分すぎた。
父の言葉が蘇る。
『お前の論理が、愛する者を守れないと言うのなら……その時は、お前の論理の方が間違っているのだ』
彼女を守るとは、籠の中に閉じ込めることではない。彼女が彼女らしく輝ける道を、信じて送り出すこと。
それが、今の彼が導き出した、新たな「論令」だった。
「……分かった」
長い沈黙の末、カイエンは頷いた。
「だが、条件がある。ギデオンと、私の近衛騎士団の精鋭を連れていけ。そして、ルーンもだ。お前の身に何かあれば、俺は王都を焦土に変える。忘れるな」
それは、絶対君主としての脅迫であり、同時に、一人の男としての、不器用で、最大の愛情表現だった。
エリアーナは、涙をこらえ、強く頷いた。
「必ず、全員で生きて帰ります。私たちの、家へ」
追放された錬金術師が、初めて自らの意志で、自らの理想を証明するための戦場へと旅立つ。 その背後には、彼女を信じ、その帰りを待つ、かけがえのない家族の姿があった。
カイエンが派遣した医師の一人が、リリアーナの薬のサンプルを極秘に持ち帰り、エリアーナに分析を依頼してきたのだ。
「エリアーナ様……聖女様の薬を飲んだ者は、一時的に回復するものの、数日後には以前よりさらに衰弱してしまうのです。まるで、生命力を前借りしているかのように……」
エリアーナは、最新の分析装置でその粗悪な模倣薬を解析し、戦慄した。
「……ひどい……。これは、治療薬などではないわ。マナを強制的に活性化させる劇薬と、精神を高揚させるだけの麻薬成分……。こんなものを使い続ければ、患者は確実に死に至る」
姉の行為は、錬金術師としての理想を、最も汚れた形で踏みにじる冒涜だった。
彼女の行動原理は、「完璧な調合で、人々を苦しみから救う」という錬金術師としての理想。
そして、「我が子の未来を守る」という母としての責任感。
かつて、彼女の理想は姉に利用され、多くの人を救う機会を奪われた。その結果が、あの断罪の夜会だった。
もう、同じ過ちは繰り返さない。
『私の知識は、もう誰にも奪わせない。私の手で、本当の救済を証明する』
そして、この病が解決しなければ、カイエンの統治は揺らぎ、北方の地は戦乱に巻き込まれる。それは、生まれてくる我が子の未来が脅かされることに直結する。カイエンの民を守ることは、自分たちの家族を守ることなのだ。
エリアーナは、完成したばかりの「星雫苔」のサンプルを手に、カイエンの執務室へ向かった。
「カイエン様、私をグラーヴェン村へ行かせてください」
その言葉に、カイエンは凍てついた表情で振り返った。
「ならん。お前の体は、一人ではないのだぞ。危険すぎる」
「だからこそ、行くのです!」
エリアーナは一歩も引かなかった。
「このままでは、あなたの民が、あなたの国が、内側から崩壊してしまう。それは、私と、この子の未来が失われるのと同じこと。私には、この病を止められる知識がある。そして、その知識を使う責任があるのです」
「しかし……!」
「これは、私の戦いでもあります」
エリアーナは、カイエンの目をまっすぐに見つめた。
「かつて、私は姉にすべてを奪われ、無力でした。でも、今は違う。あなたがいる。最高の工房がある。そして、守りたいと心から思える人たちがいる。もう、誰かの偽善の陰で、人々が苦しむのを見ているだけではいられない」
彼女の瞳に宿る、錬金術師としての揺るぎない誇りと、母としての愛の深さ。 そのあまりにも強い光を前に、カイエンは言葉を失った。
彼の論理は、エリアーナを危険から遠ざけることが最善だと結論付けていた。
しかし、目の前の彼女の覚悟という、新たな「事実」。
それは、彼の論理を上書きするのに十分すぎた。
父の言葉が蘇る。
『お前の論理が、愛する者を守れないと言うのなら……その時は、お前の論理の方が間違っているのだ』
彼女を守るとは、籠の中に閉じ込めることではない。彼女が彼女らしく輝ける道を、信じて送り出すこと。
それが、今の彼が導き出した、新たな「論令」だった。
「……分かった」
長い沈黙の末、カイエンは頷いた。
「だが、条件がある。ギデオンと、私の近衛騎士団の精鋭を連れていけ。そして、ルーンもだ。お前の身に何かあれば、俺は王都を焦土に変える。忘れるな」
それは、絶対君主としての脅迫であり、同時に、一人の男としての、不器用で、最大の愛情表現だった。
エリアーナは、涙をこらえ、強く頷いた。
「必ず、全員で生きて帰ります。私たちの、家へ」
追放された錬金術師が、初めて自らの意志で、自らの理想を証明するための戦場へと旅立つ。 その背後には、彼女を信じ、その帰りを待つ、かけがえのない家族の姿があった。
