「勅命に、逆らうと?」
レオンの言葉には、絶対的な自信が満ちていた。いかに氷血公爵といえど、国王の命令に逆らえば反逆者となる。そうなれば、北方の諸侯たちも黙ってはいないだろう。これは、力では覆せない、法と秩序の罠だった。
ギデオンは悔しげに唇を噛み締め、カイエンは冷たい沈黙を保っている。
追い詰められた空気の中、静寂を破ったのは、エリアーナだった。
「ええ、逆らいます。なぜなら、その勅命そのものが、偽りだからです」
「……何?」
レオンの眉が、わずかに動く。
エリアーナは、恐怖に震える足を叱咤し、カイエンの背後から一歩前へ出た。そして、レオンの目をまっすぐに見据えた。
「第一に、私が『禁忌の素材』を持ち出そうとしたという罪状、それ自体があなたと姉上がでっち上げた嘘。物的な証拠は、何一つないはずです」
「第二に、仮にそれが事実だとしても、胎児に『禁忌の力』が宿るなどという現象は、いかなる錬金術の文献にも、魔法の記録にも存在しません。それは、医学的にも、論理的にもありえない、ただの言いがかりです」
彼女は、工房から持ってきた数冊の古文書を地面に広げ、該当するページを指し示しながら、淀みなく論証していく。その姿は、罪人ではなく、真実を追究する一人の学者そのものだった。
かつて、彼女は他人の評価を恐れ、自分の知識や才能をひけらかすことを避けてきた。それが、姉や恋人につけ入る隙を与えた。
だが、今は違う。守るべきものができた彼女にとって、知識はもはや搾取されるためのものではない。我が子を守り、理不尽な悪意と戦うための、最強の「武器」なのだ。
『この子のための薪なら、私は喜んで燃え尽きよう』
あの日の誓いが、彼女に絶対的な勇気を与えていた。彼女はもはや、誰かの評価など恐れない。ただ、母として、正しいと信じる道を突き進むだけだ。
「そして第三に……」
エリアーナは、言葉を切ると、そっと自身のお腹に手を当てた。
「この子の父親は、あなたではありません。レオン・アークライト」
その場にいた全員が、息を呑んだ。
レオンの顔から、完璧な微笑みが消え失せる。
「……何を、言っているんだ……?」
「あなたとの関係は、あなたが私を裏切ったあの夜会よりも、ずっと前に終わっていた。この子の父親が誰であろうと、あなたや、ローゼンベルク家や、ましてや王家には、一切の権利も、介入する資格もない。それが、この世の道理でしょう?」
それは、エリアーナが放った、魂のすべてをかけた虚勢であり、覚悟の表明だった。
真実がどうであれ、彼女は、この子をレオンの子とは認めない。過去との完全な決別。母として、彼女は自らの手で、我が子の運命を切り拓くと宣言したのだ。
エリアーナの覚悟に満ちた瞳に、レオンは一瞬、たじろいだ。
彼の計画は、エリアーナが「か弱き被害者」であり、「罪悪感に苛まれる未婚の母」であることを前提としていた。だが、目の前にいるのは、彼が知るエリアーナではなかった。
レオンが言葉を失った、その時だった。
これまで沈黙を守っていたカイエンが、静かに口を開いた。彼の声は、冬の夜空のように澄み渡り、絶対的な意志を宿していた。
「彼女の言う通りだ」
カイエンは、エリアーナの隣に立つと、その肩を強く、優しく抱き寄せた。
「その子の父親は、私だ」
その一言は、雷鳴となってその場に響き渡った。
ギデオンさえもが、信じられないという表情で主君を見つめる。
カイエンは、驚愕するレオンを見据え、宣言した。
「よって、この子はヴォルフシュタイン公爵家の正式な後継者となる。我が子を、我が領地を、いかなる理由があろうと、王家であろうと、誰にも手出しはさせん。それが、私の『論理』であり、この北方の『法』だ」
それは、彼が自らに課してきた「秩序」や「法」を、愛する者を守るために、自らの手で塗り替えた瞬間だった。
父が遺した最後の教え。
『お前の論理が、愛する者を守れないと言うのなら……その時は、お前の論理の方が間違っているのだ』
氷血公爵が、初めて感情を、愛を、自らの論理の上位に置いた。
彼の凍てついた心が、完全に溶け始めた、その瞬間だった。
エリアーナは、カイエンの胸に顔をうずめ、ただ涙を流した。
もう一人ではない。
この人と、この子のために、どんな運命にも立ち向かっていける。
エリアーナの心に、絶望の闇を振り払う、力強い夜明けの光が差し込んでいた。
レオンの言葉には、絶対的な自信が満ちていた。いかに氷血公爵といえど、国王の命令に逆らえば反逆者となる。そうなれば、北方の諸侯たちも黙ってはいないだろう。これは、力では覆せない、法と秩序の罠だった。
ギデオンは悔しげに唇を噛み締め、カイエンは冷たい沈黙を保っている。
追い詰められた空気の中、静寂を破ったのは、エリアーナだった。
「ええ、逆らいます。なぜなら、その勅命そのものが、偽りだからです」
「……何?」
レオンの眉が、わずかに動く。
エリアーナは、恐怖に震える足を叱咤し、カイエンの背後から一歩前へ出た。そして、レオンの目をまっすぐに見据えた。
「第一に、私が『禁忌の素材』を持ち出そうとしたという罪状、それ自体があなたと姉上がでっち上げた嘘。物的な証拠は、何一つないはずです」
「第二に、仮にそれが事実だとしても、胎児に『禁忌の力』が宿るなどという現象は、いかなる錬金術の文献にも、魔法の記録にも存在しません。それは、医学的にも、論理的にもありえない、ただの言いがかりです」
彼女は、工房から持ってきた数冊の古文書を地面に広げ、該当するページを指し示しながら、淀みなく論証していく。その姿は、罪人ではなく、真実を追究する一人の学者そのものだった。
かつて、彼女は他人の評価を恐れ、自分の知識や才能をひけらかすことを避けてきた。それが、姉や恋人につけ入る隙を与えた。
だが、今は違う。守るべきものができた彼女にとって、知識はもはや搾取されるためのものではない。我が子を守り、理不尽な悪意と戦うための、最強の「武器」なのだ。
『この子のための薪なら、私は喜んで燃え尽きよう』
あの日の誓いが、彼女に絶対的な勇気を与えていた。彼女はもはや、誰かの評価など恐れない。ただ、母として、正しいと信じる道を突き進むだけだ。
「そして第三に……」
エリアーナは、言葉を切ると、そっと自身のお腹に手を当てた。
「この子の父親は、あなたではありません。レオン・アークライト」
その場にいた全員が、息を呑んだ。
レオンの顔から、完璧な微笑みが消え失せる。
「……何を、言っているんだ……?」
「あなたとの関係は、あなたが私を裏切ったあの夜会よりも、ずっと前に終わっていた。この子の父親が誰であろうと、あなたや、ローゼンベルク家や、ましてや王家には、一切の権利も、介入する資格もない。それが、この世の道理でしょう?」
それは、エリアーナが放った、魂のすべてをかけた虚勢であり、覚悟の表明だった。
真実がどうであれ、彼女は、この子をレオンの子とは認めない。過去との完全な決別。母として、彼女は自らの手で、我が子の運命を切り拓くと宣言したのだ。
エリアーナの覚悟に満ちた瞳に、レオンは一瞬、たじろいだ。
彼の計画は、エリアーナが「か弱き被害者」であり、「罪悪感に苛まれる未婚の母」であることを前提としていた。だが、目の前にいるのは、彼が知るエリアーナではなかった。
レオンが言葉を失った、その時だった。
これまで沈黙を守っていたカイエンが、静かに口を開いた。彼の声は、冬の夜空のように澄み渡り、絶対的な意志を宿していた。
「彼女の言う通りだ」
カイエンは、エリアーナの隣に立つと、その肩を強く、優しく抱き寄せた。
「その子の父親は、私だ」
その一言は、雷鳴となってその場に響き渡った。
ギデオンさえもが、信じられないという表情で主君を見つめる。
カイエンは、驚愕するレオンを見据え、宣言した。
「よって、この子はヴォルフシュタイン公爵家の正式な後継者となる。我が子を、我が領地を、いかなる理由があろうと、王家であろうと、誰にも手出しはさせん。それが、私の『論理』であり、この北方の『法』だ」
それは、彼が自らに課してきた「秩序」や「法」を、愛する者を守るために、自らの手で塗り替えた瞬間だった。
父が遺した最後の教え。
『お前の論理が、愛する者を守れないと言うのなら……その時は、お前の論理の方が間違っているのだ』
氷血公爵が、初めて感情を、愛を、自らの論理の上位に置いた。
彼の凍てついた心が、完全に溶け始めた、その瞬間だった。
エリアーナは、カイエンの胸に顔をうずめ、ただ涙を流した。
もう一人ではない。
この人と、この子のために、どんな運命にも立ち向かっていける。
エリアーナの心に、絶望の闇を振り払う、力強い夜明けの光が差し込んでいた。
